怒りの本質 【SDGs 感情と脳の働き】

   「追い越されて、つい、かっとなった」 

   「態度に腹が立った」

   「その一言でキレてしまった」

   「怒り」とは、何か原因があって結果として生み出された感情だと考える人々の中で、オーストリア出身の心精神科医・心理学者アルフレッド・アドラーは、目的を果たすために「怒りという感情を生み出して利用しているだけ」と言った。

   相手に自分を認めさせたい、相手を支配したい ――― アドラーの目的論的に解釈すれば、怒りの本質は、利己的な目的を果たし、欲求を満たすための「手段」として、「あえて作り出しているコミュニケーションの方法」となる。脳科学者の中野信子氏によれば、動物が激しい怒りを感じるのは、相手を「攻撃」する時だと言う。脳は「戦うホルモン」であるノルアドレナリンを分泌し、神経を興奮させ、筋肉に効率よく血液を運び、血圧と心拍数を上げ、体を活性化させる。そしてこういった脳の働きによる「怒りのメカニズム」は人間にもそのまま受け継がれているそうだ。怒っている人の顔が急に赤くなったり、声や手が震えたり、興奮のあまり冷静な態度がとれなくなるのも、ノルアドレナリンの濃度が高まっているからなのである。

   一方で人が怒るとき、相手からリベンジされる可能性を予測し、不安や恐怖をつかさどる「扁桃体」という部分も反応する。ノルアドレナリンによる興奮状態とともに、激しい不快感や恐怖を感じる。それが、脳の反応が生み出す「怒っている」という状態だ。

   また、ネット上などでは事件の犯人や失言をした政治家などに「許せない」という感情から怒りを込めた書き込みをする人々がいる。こうした「自分が正しいことをしている」という正義感による制裁行動が発動するとき、承認欲求が充足するために、脳内に快感物質であるドーパミンが放出される。強気な発言をした芸能人への誹謗中傷や、特定の民族に関するヘイトスピーチをする人々をはじめ、平気でゴミを捨てる若者たちにかっとなる年配の人々、新幹線で前に座っている人が一言もなく座席を後ろに倒したりするとキレる人などは、怒ることで快感を覚えており、ドーパミンが一度出始めると理性が働かなくなるため、攻撃中毒になり、止めることが難しくなる。つまり、怒ることをやめられなくなるのである。

   「パワーハラスメント」や「いじめ」などが無くならない理由もこうした快感に通じるものがある。また、お酒が入った席などではアルコールのせいで理性的な判断を行なう脳の「前頭前野」の機能がうまく働かないため口論になってしまうとキレやすくなり、取り返しのつかないことになることが多い。

   「怒り」はたいていの場合、「相手が自分よりも下」という判断を下した時に脳内ホルモンの分泌によって作り出され、目標達成のために利用される感情であるとアドラーや脳科学者は教える。相手が警察車両ならあおり運転などしないのである。

   では、いかにして「怒り」をコントロールしていけば良いのか?

   ちまたに溢れる心理学やメンタルヘルスの書籍や多くの講演でさまざまな方法論が紹介されている。ニューヨークに本部を置くナショナルアンガーマネジメント協会による専門的な研究とその日本支部である一般社団法人日本アンガーマネジメント協会では「怒りの連鎖の断ち切る」という理念のもと、「怒りの感情のピークは6秒なので、その間じっと我慢する」など、具体的に怒りをコントロールするトレーニングなどを教示している。

   SDGsの目標10「人や国の不平等をなくそう」の本質は、「誰一人も取り残さない平等社会の実現と、人の下に人をつくらない行動を」という一言に尽きる。具体的には社会に生きる人々の多様性を認め合い、境遇に共感し合いつつ、共に生きることだ。単なる理想として聞こえてしまうかもしれないが、人々が平等に生きる社会を考えた時、それぞれの立場や役割は違うが、本質的に上司も部下も先輩も後輩も高齢者も若者も、すべてのコミュニケーションにおける人格における優劣性などない。

   「追い越されてかっとしそうになったけど、何か急いでいる事情があるのだろう。どうぞ気を付けて」 

   「態度に腹が立ちそうになったけど、こちらのミスをあえて勇気を出して伝えてくれたのでありがたかった。感謝だ」

   「その一言でキレそうになったけど、同じような一言をしまう自分に気づいた。気を付けよう」

   このとき脳内にはノルアドレナリンではなく幸せホルモンのオキシトシンが放出され、何とも言えない安心感を味わうことができる。

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

 

参考文献・出典

Kathy Matay, B.A., ABMP / Marina Bluvshtein, Ph.D.

「The Role of Anger and Its Effect on the Family」

http://www.adlerontario.ca/docs/Conference2016/ONSAPresentationOct13.pdf

MASHING UP 「脳が怒りを生み出すメカニズム ――― 脳科学者・中野信子さん (2017.10.20)」

https://www.mashingup.jp/2017/10/065099nobuko_nakano01.html

https://www.mashingup.jp/2017/10/065143nobuko_nakano02.html

一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会 https://www.angermanagement.co.jp/

ワービーパーカーが眼鏡越しに見る世界 【SDGs ソーシャルビジネス】

   今日10月10日(土)は「目の愛護デー」だ。目の検診による視覚障害の予防と視力保持、生活習慣病による眼疾患の早期発見と早期治療など、目の衛生に関する注意を喚起し、公衆衛生の向上を図ることを目的としている。厚生労働省をはじめ、製薬会社、眼科と医師会などが多くの講演やイベントを行ない、ネット上でも目のケアについて注意を促している。

   世界保健機関(WHO)は、毎年10月の第二木曜日を「世界視力デー(World Sight Day)」と定めていて、今年は10月8日だった。貧困や医療体制の不備などが原因で予防可能にもかかわらず失明の危機にある視覚や視力に障害を抱えている人々が全世界に10億人いることを再認識することと、そのために世界が協力して行動することを啓蒙する日である。「HopeInSight」という専門サイトで貧困国における治療の様子などをアート感覚なフォトギャラリーで紹介している。

   WHOのデータによると、10億人の視覚障害や失明リスクを伴う目の患いの中で暮らす人々のうち、90%は発展途上国に暮らしている。視力の低下や失明は、日常の生活、個人的な活動、地域社会との交流、学校や仕事の機会、公共サービスへのアクセス能力など、生活のあらゆる側面に大きな長期的な影響を与える。人間年を取れば目が悪くなるのはしかたがないが、貧困の中にあって経済的な保証がない暮らしでは医者にも行けず、白内障、緑内障になってしまう人々も多い。視力が落ちることで生活や仕事もできず、貧困がさらに大きくなる悪循環が起きてしまう。

   現在、重度の視覚障害が原因で十分な仕事や学習ができない人々は6億2400万人ほどいる。せめて自分の目に合った眼鏡さえあれば、公共機関を利用したり自動車も運転でき、仕事や学習の生産性は35%向上し、所得も20%増加することにつながることになる。

   そんな中、2010年にニューヨークで創業した眼鏡販売の「Warby Parker (ワービーパーカー)」は、設立当初から現在に至るまで、そんな発展途上国に暮らす視力障害者へのソーシャル支援活動を行なっている会社だ。「Buy a pair, Giver a pair」という、自社の眼鏡が1つ売れるごとに発展途上国の視力障害を持つ人々が暮らす地域へ無償で眼鏡一つを提供し、かつ、販売ノウハウをレクチャーすることで現地で眼鏡ビジネスを自立化させることができる活動を行ない続けている。会社を通して持続可能なビジネスを提供するというミッションを掲げ、さまざまなビジネスモデルでNGOやNPOと協働し、単なる視覚障害を持つ人々たちへの寄付や支援に終わることなくソーシャルビジネスとして事業を成り立たせている。

   こうした活動を通し、既に途上国の重度視覚障害者らに届けられた眼鏡は100万本を超えている。Warby Parkerは、2015年には、アメリカのメディアFast Companyが選ぶ「世界で最もイノベーティブな50社」において、AppleやGoogleを抑えて、1位の評価を得た。

   Warby Parkerは、従業員たちの多様化も積極的に進めており、「BIPOC(Black(黒人)、 Indigenous(先住民族)、and People of Color(白人以外の人種)」 の人々を積極的に採用・活用・管理職への登用することを10の目標で実現するために「人種平等戦略(Racial Equity Strategy)」を今年発表した。ワービーパーカーの経営者と1900名の従業員たちが「心の眼鏡越しに見る世界」は、どこまでも社会的貢献を追求する自らの姿勢と、掲げる会社ビジョンの実現によってもたらされる世界的な課題の解決である。

   人によって世界の見え方は全然違う。コロナ禍で元気のない社会を支えていこうと始まった「Go To イート」キャンペーンにおいて、社会的な貢献よりも自分の利益優先で制度を悪用する人々もいれば、貧困や人種差別などの不平等さの中で苦しむ人々に共感し、手の届くことから支援をしていく人々もいる。

   世界をどう見るかは視力の強弱には関係ないのである。

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

参考・参照HP

国際保健機関 世界視力デー 

https://www.who.int/news-room/events/detail/2020/10/08/default-calendar/world-sight-day-2020

公益財団法人 日本失明予防協会 http://www.shitumeiyobou.or.jp/association

HopeInSight フォトギャラリーhttps://www.flickr.com/photos/iapb/albums/72157714916053913

Warby Parker 「Buy a pair, Giver a pair」

https://www.warbyparker.com/buy-a-pair-give-a-pair

人種平等戦略(Racial Equity Strategy 2020)

https://www.warbyparker.com/assets/pdf/WP-Racial-Equity-Strategy.pdf

利他的な生き方 【SDGs 心の変化】

   「生命は利己的にふるまっているように見えても実は利他的にふるまっている。富めるものは、必ず自分の余裕や余剰あるいは遊びの部分を環境に戻して、“利他的にふるまっている”からこそ、生態系全体がバランスをとっている」と、生物学者であり青山学院大学教授の福岡伸一氏は言う。

   「植物がもし利己的にふるまって自分自身に必要なだけしか光合成しなければ他の生物が生存する余地はないでしょう。でも植物は天気がよければ太陽の光をたくさん吸収して過剰なまでに光合成をし、実を実らせ、葉っぱをたくさん茂らせる。落ち葉は土壌微生物やミミズなど他の生物を育んでいるのです。自分を高めることができたら余剰は必ず環境に戻すという利他性が生命を支えている(原文ママ、引用:2020年9月26日 日本経済新聞記事 万博×コロナ×未来 プロデューサーに聞く(3)より)」

   植物に限らず、動物や昆虫に至っても、たくさんの卵から赤ちゃんたちは全員大人や成虫になれる訳ではなく、途中で他の動物のエサとなり、たとえ大人や成虫になっても天敵の恰好の食糧となる。生態系はそのような生命の流転の中で均衡し、地球上の生物と自然は共存しているのであるが、地球上の生態系で頂点にいる人類だけが、利己的に資源を搾取し、過剰となったものをゴミとして廃棄している、と警鐘を鳴らす人々は多い。

   気候変動の原因となる環境破壊を伴う生活を営み、富める者はさらに富み、貧しい者はさらに貧困に陥るという格差が生じ、現在でも世界総人口の約10%は未だに人が幸せに生きていける最低の生活水準も安全保障も許されていない状況下におかれている。仮に経済的に安定し、人並み以上の能力があったとしても、人種やジェンダーなどで差別され、幸せに暮らすことができない人々がいることは、今年5月にアメリカ・ミネアポリスで黒人のジョージ・フロイド氏が白人警官によって死亡した事件がで大規模デモに発展したBLM運動(Black Lives Matter)を見ても明らかであり、人類に平和共存が訪れるのはいつの日か?と思ってしまう。

   人が他人の幸せを顧みず利己的に生きようとすると、物事を損得で考えるようになり、「いかに自分が得するか」、という発想から行動を行なうことになる。何でも手に入っている間は自分は楽しいが、人を楽しませることはできず、他者の気持ちを考えず傷つけることになるので、次第にまわりのひとは離れていく。やがて信頼もされなくなる。

   反対に利他的に生きようとすると、他者の生き方に共感し、同じ方向をむいてひとつのことをやり遂げると一人では味わえない幸福がある。自分が持っているものでまず自分が満たされた後、他の人々を想い、分け与える。まわりの人から信頼され、「ありがとう」と感謝され、愛される。

   利他的に生きるというのは、決して利己的な人生を否定し、自己犠牲を伴って行動することではない。「他の人々のために自分が役に立ち、他の人々と共存し幸せになる」、という楽しみ方があることを知り、自分を中心とした生き方からすべての生物の共存という考え方に対し、心の変化が起きることだと思う。

   英語で利他主義を”Altruism”というが、語源は、まさにAlter(変わる)+ism(主義)だ。植物や動物たちの生態系保持に見られる利他性を良き教えとして、どのように生きていけば良いのかを学び続けたい。

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

「本能寺ホテル」にみる真のリーダー像 【SDGs ビジョン】

   2017年、綾瀬はるかさん主演の映画「本能寺ホテル」がヒットした。

   会社が倒産し、失業中だがやることが見つからず、なんとなく交際する相手が両親の金婚式の中で大々的に婚約発表をすると決めたことから京都を訪れた主人公の倉本繭(まゆ)子が、宿泊するはずだったホテルが手違いで予約できておらず、ひょんなことから路地裏にある「本能寺ホテル」に泊まることになることからストーリーは始まる。

   そのホテルはミステリアスで、繭子がエレベーター内で金平糖を食べるとホテルロビーの古いオルゴールが動きだし、1582年にタイムスリップしまう。そこで織田信長や森蘭丸らに出会う。彼らとの関わりの中で、繭子が自分の生き方を見つめなおしていくストーリーである。

   「ごゆっくりおくつろぎください、観光もお楽しみください」と、ホテルの支配人から清水寺の参道で和服姿を楽しんむ若者たちの写真が印象的な「観光案内チラシ」を渡されるも、目標を失い、周りの人が決めていくことに身を委ねた成り行きの日々を送る繭子は観光などに興味がない。だが、ホテルのエレベーターからタイムスリップした先の1582年の本能寺で信長らに会い戸惑う。最初は信長の権力に任せた横暴振りをたしなめたことで彼に刀で斬られそうになって、靴やポケットの中の「観光案内チラシ」を落として命からがらホテルにタイムスリップして現代に脱出したりする。ホテルで誰かが呼び鈴が鳴らした時だけ現代に戻ってこれるのだ。

   やがて何度かタイムスリップする中で、繭子は信長と京の町を歩いたり、会話をしていく中で彼の人間性に触れ、彼の「自分がやりたいのは天下統一。みなが穏やかに笑って暮らせる世の中を作りたい」というビジョンを聴く。

   繭子は、自分は400年後の未来からやってきた人間であることを伝え、1582年の迷い込んだその日が、明智光秀が信長を裏切り寺を焼き払う「本能寺の変」の前日であり、「歴史によれば、あなたは明日本能寺の炎の中で死を遂げることになる」、と信長に伝える。しかし家来らには信じてもらえない。

   そして本能寺の変の当日となる。

   信長は、繭子が落とした「観光案内チラシ」をずっと懐に入れていた。「これはおまえの世界か?」と繭子に尋ねる。「そうだ」と答える繭子。すでに本能寺は火に包まれており、「どうして、逃げなかったのですか? あなたが天下統一をして、みなが穏やかに笑って暮らせる世の中を作りたい、という夢を叶えるのではないのですか?」と繭子に尋ねられた信長は彼女にこう答える。「わしはもう少しで大事なことを忘れるところだった。おまえの持ってきた紙の中の若者たちはみな笑って幸せそうだ。未来の日本は明るい。天下統一など誰がやってもいいことなのだ。」と。本能寺でたとえ自分が死んでも、みなが穏やかに笑って暮らせる世の中を作ろうとする自分と同じ志を持つ人たちが後世に渡って現れることをそのチラシを見た信長は確信し、史実の通りに自らの宿命をあえて全うするのである。

   リーダーと呼ばれる人々は、自分のビジョンと行動で人をひきつけ、物事を最後までやり遂げる統率力を持つ。自分の立てた目標を達成することこそ素晴らしいリーダーとしての証であり、まわりに人たちや世間から評価される。だが、この映画に見る真のリーダー像は違う。信長は自分のビジョンを自分が実現・完遂することにこだわらなかった。同じ思いを引き継いで行動していれる人たちを信じ、その人たちに思いを託す―――自分が称賛を受けることなどに興味も示さずに。

   ある日信長は繭子に、「おまえは何がしたい?」と尋ねる。答えられない彼女に対して、信長が言う「やりたいことに大小はない。”できない” じゃなく “やりたいかどうか“ だ」、という言葉が印象的だ。

 

参照「本能寺ホテル」 @2017東宝 鈴木雅之(監督) 相沢友子(脚本)

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

おてらおやつクラブ 【SDGs 貧困】

   お仏壇のある家庭では、日々欠かさずにお供え物をしている。供えるものは5種類あり、「香」、「花」、「灯燭(とうしょく)」、「浄水」、「飲食(おんじき)」であり、これらは「五供(ごくう)」と呼ばれる。うち、食べ物にあたる「飲食」は、毎日炊き立てのご飯(お仏飯)を朝にお供えするが、それ以外に法事やお盆に和菓子やジュースなどのお供え物がある。お仏飯は湯気がなくなる15分~30分で下げ、感謝して頂く。お菓子などの供え物は期間が過ぎれば「おさがり」として小分けして配ったり、自分の家で頂いたりする。万が一、時間が経って傷んでしまったものは半紙につつんで処分することが許されている。

   こうしたお供え物のうち、お菓子や果物、食品や日用品などが傷む前に、仏さまからの「おさがり」として経済的に困難な状況にあるご家庭へ「おすそわけ」する活動がある。「おてらおやつクラブ(特定非営利活動法人おてらおやつクラブ 奈良県磯城郡 安養寺 松島靖朗代表)」だ。全国のお寺と支援団体、そして檀信徒ならびに地域住民が協力し、2020年10月時点で1,524寺院、473団体が活動中である。おやつを受け取った子どもの数は月間のべ約16,000人である。

   日本で「貧困」という言葉にあまりなじみがないかもしれないが、生活保護を受ける寸前の生活に困窮している人々を支援する法律「生活困窮者自立支援法」は平成25年(2013年)4月に施行されている。厚生労働省データによると、日本国内では子供の7人に1人が貧困状況である。

   この「おてらおやつクラブ」はそうした子供たちを支援するために2014年に活動を開始した。お寺が中心となってのSDGsの目標1「貧困をなくそう」に取り組んでいる活動モデルが評価され、2018年にグッドデザイン賞を受賞している。今後もお寺と支援団体、そして民間からの寄付などにより、生活するのが困難である子供たちに素晴らしい支援が続いていくことを願う。

   「貧困」の定義は世界銀行が定めていて、現在では「1日1.9ドル(約200円)未満で生活している人々」をさす。世界の貧困率および貧困層の数は、年々減少しているが、いまだに世界人口の10%、7億3600万人の人々が貧困状態にある。貧困の理由はさまざまであり、例えば、失業、ケガや病気、離婚、紛争、内戦、自然災害、教育問題、社会的孤立などがある。分布としては南アジアのインド、バングラデシュ、サハラ以南のアフリカのナイジェリア、エチオピア、コンゴ共和国などで、これらの国々で極度の貧困層が多い。特にインドの貧困層は1億7,000万人以上で、その割合は世界の貧困層の約4分の1である(世界銀行統計2015年)。

   貧困は先進国も例外ではない。現在、3000万人もの子供たちが母子家庭・父子家庭・交通遺児その他の境遇の中、貧困状態で必死に暮らしている。日本では児童扶養手当や母子父子寡婦福祉資金の貸付などの金銭的支援のほか、引きこもりの相談や教育支援などにより、こうした子供たちをサポートしている。

   まずは私たちの日常の生活で、食糧の浪費をしない、貧困についての理解をさらに深める、できる範囲で貧困問題に取り組みつつ支援をしていく、などを実践していきたい。こうした行動が明日の貧困をなくす一歩である。 

 

おてらおやつクラブ HP

https://otera-oyatsu.club/

世界銀行 貧困ライン 

https://www.worldbank.org/ja/news/feature/2014/01/08/open-data-poverty

 

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

日本の比較優位を考える 【SDGs 経済成長戦略】

   フランスと言えばワインとチーズ、スイスと言えば時計、アメリカと言えば牛肉や大豆など、その国が主力として世界中に輸出する食品や製品がある。日本は自動車や電子部品などが強い。

   どの国もすべてのものを生産し国民に供給できればよいが、「人・モノ・金」にも限界があり、それは叶わない。そこで、その国が一番得意なものを集中して生産・輸出し、それ以外のものを他国に生産を任せて輸入をする方がはるかに優位かつ効率的であり、経済的にも豊かになれる。こうした現象を「比較優位」という。

   「比較優位(comparative advantage)」は、イギリスの経済学者デヴィッド・リカード(1772-1823)が提唱した概念であるが、その国が優位に立てる生産を行なえる労働力、設備などを準備できる経済力、天然資源量などで製品や食品が選択されてきた。日本が自動車や最先端技術を駆使した電子部品などに強い背景には、天然資源や農業などが他国と比較して少ないということもあり、日本が世界の中で生き残っていくために「人」というリソースが一番活躍しているのである。アラブ諸国のように石油が豊富な国であったら、日本は全く別の現在を迎えていたに違いない。

   いま、この伝統的な国際貿易論上の比較優位が大きく変わりつつある。

   現代は第4次産業革命の時代と言われている(内閣府)。インターネットやコンピュータ技術の発展に伴い、IoTやビッグデータ、AI技術など、その国が保有する「人・モノ・金」に囚われない新たなビジネスが次々と生まれ、「超スマート社会」の実現に向けた付加価値の高いビジネスが起きている。3Dプリンタの技術革新と低コスト化などで金型技術に乏しい国々も知恵を働かせ、多くのビジネスチャンスを生み出している。日本は電子部品やコンピュータ分野などでは最先端を誇っていたが、デジタルを利用した行政サービスや電子マネーなどは世界に後れを取っており、99%の行政サービスを電子化し、「e-Estonia」と呼ばれるエストニアなどに大きく溝を開けられている。つい先週も東証のシステムが不具合を起こし、3兆円に及ぶ株取引がまる一日出来ない事態に陥った。

   一方、生産国における「環境汚染問題」などは半世紀前から各国の比較優位を決める大きな要因となってきたが、ここ数年では別のフェーズに入った側面がある。SDGsやESGの取り組みによって、人権蹂躙や自然破壊が行われている産業構造となっていれば取引は控えられ、現地の産業を守るフェアトレードや地球環境に負荷をかけない生産に対する認証などの制度化が比較優位の再定義をもたらしている。

   今後もこの比較優位におけるパラダイムシフトはさらに加速し、高齢化による労働人口のシフト、自律ロボットやスマホ社会の取引形態の変化等によって、産業構造が大きく変わっていくにちがいない。天然資源に依存できない日本においては、5年先、10年先を見据えた比較優位性の獲得が必要となることは間違いない。

 

内閣府 https://www5.cao.go.jp/keizai3/2016/0117nk/n16_2_1.html

 

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

「絶対に緩まぬ」熱い想い 【SDGs 技術革新】

   ギターのコード進行の基本にドミナント・モーションというのがあって(例えばG7→C、A7→D、E7→Amなどの展開)、80年代のハードロッカー達はこの進行でどのような熱いアドリブ演奏を弾いていたのかと「ハードロック」というキーワードで検索していたところ、「ハードロック工業株式会社」という会社がヒットした。いかなるロックな会社か非常に興味をそそられたのでサイトを拝見した。

   ハードロック工業株式会社(本社大阪府東大阪市 資本金1000万円 若林雅彦社長)は、英語表記では「Hard Rock」ではなく「Hard Lock」であり、従業員90名のボルトやナットをつくっている下町の工場である。「絶対に緩まないナット(商標名HLN)」を1974年の創業以来作り続けている会社だ。

   16両編成の新幹線には2万ものボルトが使われているという。時速280キロで走行中にそのボルト一つでも緩んだら重大な事故に繋がるが、ハードロック工業のナットは絶対に緩まない。その原理は、内側を偏芯加工した凸ナットと真円加工を施した凹ナットの2種類を組み合わせることにより、「クサビ」のような強力なロック効果を力学的に発生させているからだという。この特許は、現在社長を退き会長となった若林克彦氏が神社の鳥居を見て思いつき、半世紀に渡って振動に強いナットの開発を研究し続けている。日本の新幹線すべてに彼の発明したナットが採用され、これまで一度もナットが緩んだことによる重大事故は発生していない。

   この「絶対に緩まないナット」の原理に関する論文は日本機械学会や国際会議などの場で公表されており、「ハードロックナット(HLN)」は世界から注目されている。イギリスでは、2002年Potters Bar駅で起きた鉄道事故の原因を検証した番組がBBC Channel1で放映され、HLNの有効性が紹介された(Potters Bar – The Truth 2006年12月14日)。その後すべての鉄道車両にハードロック工業のHLNが採用されている。そのほか、ポーランド、オーストラリア、中国、台湾、韓国の鉄道でも採用されている。

   鉄道車両以外の分野でも、HLNを採用することによる安全性の高まり、メンテナンスフリーという省力化・省人化が高く評価されて、削岩機、杭打機、電鉄会社のレール、架線、高速道路、発電所、製鉄所、橋梁、鉄塔、住宅、高層ビルなどの耐震性を重視した多岐に渡る構造体に使用が拡大しており、最近ではアメリカ航空宇宙局(NASA)の発射台や、東京スカイツリー、スポーツ界では日本代表のボブスレーのソリにも採用されている。

   SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」は、これから経済発展していく国々のインフラ整備や技術革新を進めていくためにあるが、今後ますますハードロック工業の絶対に緩まないナットはそうした国々でも活躍し続け、人々の暮らしに大いに役立っていくだろう。

   ハードロック工業の経営理念に「アイデアの開発を通じ人と企業と産業社会の発展に貢献する」がある。また、「この社会は我が社の為の道場であり、見るもの触れるもの全て我が師である」という製品開発に対する「絶対に緩まぬ想い」がある。

   80年代のハードロッカー達のアドリブ演奏以上に熱いハードロック工業の若林氏とその従業員らの想いとたゆまぬ努力のおかげで私たちの生活が支えられてきたといっても過言ではない。彼らの素晴らしい製品は、今日も目立たないところで大活躍している。

 

参考・引用サイト:

ハードロック工業 HP https://www.hardlock.co.jp/

日本弁理士会 関西会 HP http://www.kjpaa.jp/aboutus/case/hardlock

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

歴史の中の上野公園 【SDGs まちづくり】

   休日なので久しぶりに、台東区の上野界隈をてくてくと散歩をしようと思った。

   上野の不忍池(しのばずのいけ)のそばにある洋菓子メーカーのアウトレット店で買い物をした後、上野公園に立ち寄ると、そこそこ多い人々が初秋の休日を楽しんでおり、季節のキンモクセイがあちらこちらで甘い香りを漂わせている。コロナ禍前と同じように大道芸人やストリートミュージシャンのパフォーマンスよろしく、すれ違う人々がマスク姿でなければ日常の東京が戻ったような錯覚を起こす。

    現在の上野公園(正式には「上野恩賜(おんし)公園」)のあたりは、江戸時代から東叡山寛永寺の敷地として、広大な自然を有し、庶民たちの花見の名所として親しまれてきた。明治に入ってすぐに、その上野公園の一帯が当時の軍政を司る兵部省によって陸軍病院と陸軍墓地の用地として決定された。しかし、オランダ人軍医のボードワン博士がその案に猛反発をし、自然豊かな公園をつくることに熱弁をふるったおかげで、明治9年(1876年)に太政官布達によって上野の山一帯の54万㎡の広大な土地が日本で初めての公園として登録され、翌年の明治10年(1877年)10月に開園されたのである。同じ年には高村光雲による「西郷隆盛像」も建立されて、公園は賑わいを見せ始めた。陸軍病院や墓地が出来ていたら、今の上野駅や数々の文化施設もなく、上野の街は全く違った道を歩んでいたところである。「公園」という言葉も上野公園が発祥である。

   時は文明開化の時代、開園後には、西洋からの文化が押し寄せたこともあって、多くの芸術家たちの輩出と近代化によって、現在「国立科学博物館」、「東京国立博物館」、「東京藝術大学」などで知られる多様な文化施設が次々とできた。 、明治15年(1882年)には「上野動物園」も開園し、明治時代にできた。

   大正12年(1923年)は105000人もの尊い命が奪われた関東大震災が東京を襲い、両国、浅草、上野周辺の下町は甚大な被害を受けた。上野公園は建物の倒壊や火災がなく、庶民らの避難場所となった。

   第二次世界大戦後、混乱の中で日本は復興を目指すことになる。上野界隈では、戦後すぐに進駐軍の物資を売る闇市がいまのアメ横地区にでき、昭和30年代の高度経済成長に入ると上野駅は東北や北陸から集団就職でやってきた若者たちの玄関口となった。また、文化的・芸術的発展も進み、現在世界遺産に認定されているル・コルビュジエの設計による「国立西洋美術館」が開館する。彼の弟子であった前川國男は、師の建物の真正面に「東京文化会館」を建築、クラシック演奏やバレエ公演などが行なわれるコンサートホールを持つ。「上野の森美術館」も昭和47年(1972年)に開館している(上野文化の杜HP)。

   建物が多く建てられる一方、昔からの自然も多く残され、公園内に大きな枝をはるサクラ、ムクノキ、イチョウ、タテカンツバキなどの多様な木々のおかげで、多くの鳥が生息し、生態系を維持している。

   今年で143年の歴史を誇る上野公園であるが、明治から令和までの激動な時代の移り変わりの中で数えきれない来園者のそれぞれの人生に憩いと癒しを与えてきた。、東京都は上野公園をさらに発展させるために現在再生整備計画を進めている。次の世代にも上野公園は心の拠り所として存在し続けるに違いない。

   初めてパンダを見た日、不忍池でボートに乗った日、花見を楽しんだ日、噴水を眺めた日、そぞろ公園内を歩いた日。上野公園を歩けば、そんな心ときめいた日々の一コマ一コマを思い出す。

参考サイト:

東京都建設局 上野恩賜公園 HP

https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/toubuk/ueno/index_top.html

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

パーム油の光と影 【SDGs 貧困・人権・経済発展・生態系破壊ほか】

   これまでに60本ちかくのコラムを書いてきたが、その中でも今回は特に心を揺さぶられた。今日のテーマは、パーム油生産現場の現実についてである。

   パーム油(アブラヤシの実から採れる油)は、私たちの日常的な食料品や家庭用品の約50%に含まれている。主たる生産国はインドネシアとマレーシアで、この2国による供給量だけでも実に全世界の85%をカバーしている。

   しかしながら、パーム油を生産するために、無計画な農場拡張により豊かな熱帯森林が破壊され、スマトラゾウやオランウータンなどの希少な動物たちが絶滅寸前のリスクにさらされ、貧困国から奴隷状態で連れてこられた労働者を含め、350万人の労働者がほとんど賃金も払われない不平等な状態で酷使され、農場有害な農薬から身を守る安全性も確保されず、子供までが強制労働を強いられている。そうした自然破壊や人権侵害によって利益を搾取している悪徳生産者から日本の大企業を含む世界中の企業がパーム油を買うことで彼らがさらに栄え、日本のメガバンクを筆頭に多くの金融機関が彼らの森林伐採や農園拡大のために多額の支援を貸し付けている。頼みの綱であるインドネシアとマレーシアの両政府も国の経済発展をパーム油産業に依存しており、たとえ悪徳生産者による人身売買があろうと、熱帯雨林伐採があろうと、希少動物が絶滅しようと、それらを真剣に取り締まろうとしないばかりか、積極的な対策をとろうとしていない。実にSDGs17目標にある課題すべてに抵触する悲惨な現実がそこにある。しかもこのような地獄はもう20年以上も続いているのだ。

   熱帯雨林保護団体(Rainforest Action Network=RAN)が作成した動画があるので、ぜひとも見て頂きたい。

「The Human Cost of Conflict Palm Oil (パーム油による人的損失)」

   RANは、現地で調査を行ない、悪徳業者らによって秘密裡に行われている奴隷を使った農園の実態や、それらの業者からパーム油を買っている企業名、それらの業者に金を貸している銀行名など、詳細なレポートを公表している。私たち日本人は、あまりにも現実を知らされずに、アブラヤシ農園で働く多くの貧困国の強制労働や森林伐採により生態系が破壊されることで滅んでいく動植物たちの犠牲のおかげで、日常的にカップラーメン、ポテトチップスなどを食べ、キッチン用洗剤、ボディソープやシャンプーなどを使っているのである。

   しかしながら、希望もないわけではない。日本では、Kaoなどのキッチン・トイレ製品の企業を中心に、「持続可能なパーム油の調達への取り組み」が始まっている。確かに先進国の中では遅れているものの、近年、ようやく流通小売企業へと取り組みが広がり、徐々に日清などの食品業界へも波及してきたところだ。

   熱帯雨林を破壊せず、現代奴隷を使わずにパーム油を生産した農場からだけ購入する企業も増えてきており、持続可能なパーム油の生産・利用のサイクルが芽生えようとしている。それらの農場で作られた製品を識別するために、国際的な認証制度の「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」による認定マークが商品につけられるようになってきた。最近のカップヌードルにも緑色のヤシをイメージさせるマークがついているものがある。最低でもこれらのマークがあるものを購入すれば、知識不足からアブラヤシ農場の強制労働者や自然破壊の担い手になるリスクは起きない。

   一刻も早い日本企業の購入ルート変更と、日本のメガバンクによる貸し付け抑制を願うばかりである。

   尚、世界の現代奴隷の実態については、8月27日付コラムの「Delta 8.7」の中で書いているので、そちらもお読み頂ければ幸いである。

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

事業とSDGsのトレードオフ 【SDGs 持続可能な発展】

   MBA取得を目指す学生が、海外の大学院への留学を考える場合、「GMAT試験」と「TOEFL試験」を受けることが必須となっている(海外の大学に留学経験のある学生は免除される)。GMATは非営利財団のGraduate Management Admission Councilが行う英語力、数学的能力、分析的思考力を測るための英語による試験であり、4セクションで合計80問の質問に180分で答えなければならない。1問あたり平均して2分程度で解く時間配分だ。私も2011年に実際に受けたが、31問ある数学問題中、最後の2問が時間切れとなって解けなかった。

   その時の長文読解問題は今でも覚えている。タイトルが「植物におけるコロニゼーション(植民地化)戦略」というものだった。内容はというと、「植物は、自分たちがどのような形で生息する手段をとれば最も自然に適応できるかを知っている」、という論文に関するものであった。「松」は群生して密集した林を形成していくのが一番自然に適応しているので、種子を重量がある松ぼっくりの中に閉じ込めて、枝から真下に落下させ、種が遠くへ行かないようにする。やがて種が土に入り、自分のすぐ近くに子孫を残していけるようになる。一方「たんぽぽ」などは同じところに群生していると動物などに食べられて種が途絶えることから、できるだけ種を遠くへ飛ばして種の存命を図る。試験ではこの論文を読んだ後に設問に答える訳だが、個人的には内容自体がとても勉強になった。

   動物における種の保存においても、天敵の有無や卵を産む際のエネルギー消費の限界などを考慮し、上記と同じような最適戦略をとっている。例えば各動物が産む卵の大きさを考えた場合、ウミガメやカエルなどは、一度にたくさんの卵を産めるだけ産んで、たとえ天敵に子カメやおたまじゃくしがほとんど食べられてしまおうとも生き残った数匹のものたちが次世代を継いでくれればよい、という戦略をとっている。卵が大きければ大きいほど生まれてくる子供も丈夫なので、本来ならば大きな卵が産みたいのだが、一つひとつの卵を産むのにつかうエネルギーが大きくなるので、一度にたくさん産むためにはどうして卵ひとつひとつを小さくせざるを得ない。反対にダチョウやお腹の中である程度育ててから産む哺乳類は、一つひとつの命にエネルギーを大量に使い大きく産んで生存率を高める戦略をとる。外敵に襲われるリスクも減るので生存率は高いが、一度に多く産むことはできない。

   さらに動物が生きていくための糧として他の動物を捕獲するときも、糧を得るために消費するエネルギーと、捕まえた獲物を食して補充されるエネルギーの差が常にプラスとなるように計算して狩りを行なう戦略をとる。このように世界に満ちるあまたの生き物は、それぞれがそれぞれの種の存続においても、生きる糧としての獲物の狩りにおいても、最適な戦略をとっているのである。

   こうした「最適戦略」は、別の言い方をすれば、「何かを得ると、別の何かを失う」といった相容れない状況(トレードオフ)が生じた場合に、あらゆる生物がとる一番効率の高い行動である。このトレードオフは私たちの身近なところにたくさんある。例えば、「美味しい料理を食べたいが、お金がかかる」とか、「丁寧に仕事を進めたいが、時間がかかる」などだ。またミクロ経済学の世界でも、「予算制約式」というものがあって、「予算が限られている中で、AとBをどういう構成比で買うのが一番最適か?」という問いに対する解を得たり、ファイナンス分野でも、多くの投資案件がある場合に、どれが一番投資回収金額の現在価値が高いかを算出することがある。

   いずれの場合も、最適戦略では、何かを得ると何かを失うトレードオフ状態の中で一番効率が良いものを選択するのである。

   いまや時代の潮流として、企業がSDGsやESGにいかに取り組んでいるか、ということが投資家の評価となっている。積極的にSDGs活動を行なったり、ESGの指標を統合レポート等で公表している企業は、これらをしていなかったり、またはしているフリをしている企業に比べて、市場からの資金が得やすい構図となった。企業側にして見れば、これらの活動をしたくても、人材不足や利益を追求する本来の会社の姿を推進する経営陣から予算を承認してもらえないケースもある。特にSDGs活動では、省エネルギー化を図ってコスト削減できることもあるが、たいていの場合、投資した金額のもとが取れない。それでもSDGsを社会的道義として行なう企業もあれば、より現実的にSDGsを後回しに考える企業もある。

   それぞれの企業は、まずSDGsの重要さを理解し、SDGsは「やるかやらないか」ではなく、「いかにやるか」であることを再認識したうえで、持続可能な発展のために「事業と持続可能なSDGs活動をどのようなバランスで両立させていけば良いのか」、という最適戦略について講じる必要がある段階に既に入っている。

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)