怒りの本質 【SDGs 感情と脳の働き】

   「追い越されて、つい、かっとなった」 

   「態度に腹が立った」

   「その一言でキレてしまった」

   「怒り」とは、何か原因があって結果として生み出された感情だと考える人々の中で、オーストリア出身の心精神科医・心理学者アルフレッド・アドラーは、目的を果たすために「怒りという感情を生み出して利用しているだけ」と言った。

   相手に自分を認めさせたい、相手を支配したい ――― アドラーの目的論的に解釈すれば、怒りの本質は、利己的な目的を果たし、欲求を満たすための「手段」として、「あえて作り出しているコミュニケーションの方法」となる。脳科学者の中野信子氏によれば、動物が激しい怒りを感じるのは、相手を「攻撃」する時だと言う。脳は「戦うホルモン」であるノルアドレナリンを分泌し、神経を興奮させ、筋肉に効率よく血液を運び、血圧と心拍数を上げ、体を活性化させる。そしてこういった脳の働きによる「怒りのメカニズム」は人間にもそのまま受け継がれているそうだ。怒っている人の顔が急に赤くなったり、声や手が震えたり、興奮のあまり冷静な態度がとれなくなるのも、ノルアドレナリンの濃度が高まっているからなのである。

   一方で人が怒るとき、相手からリベンジされる可能性を予測し、不安や恐怖をつかさどる「扁桃体」という部分も反応する。ノルアドレナリンによる興奮状態とともに、激しい不快感や恐怖を感じる。それが、脳の反応が生み出す「怒っている」という状態だ。

   また、ネット上などでは事件の犯人や失言をした政治家などに「許せない」という感情から怒りを込めた書き込みをする人々がいる。こうした「自分が正しいことをしている」という正義感による制裁行動が発動するとき、承認欲求が充足するために、脳内に快感物質であるドーパミンが放出される。強気な発言をした芸能人への誹謗中傷や、特定の民族に関するヘイトスピーチをする人々をはじめ、平気でゴミを捨てる若者たちにかっとなる年配の人々、新幹線で前に座っている人が一言もなく座席を後ろに倒したりするとキレる人などは、怒ることで快感を覚えており、ドーパミンが一度出始めると理性が働かなくなるため、攻撃中毒になり、止めることが難しくなる。つまり、怒ることをやめられなくなるのである。

   「パワーハラスメント」や「いじめ」などが無くならない理由もこうした快感に通じるものがある。また、お酒が入った席などではアルコールのせいで理性的な判断を行なう脳の「前頭前野」の機能がうまく働かないため口論になってしまうとキレやすくなり、取り返しのつかないことになることが多い。

   「怒り」はたいていの場合、「相手が自分よりも下」という判断を下した時に脳内ホルモンの分泌によって作り出され、目標達成のために利用される感情であるとアドラーや脳科学者は教える。相手が警察車両ならあおり運転などしないのである。

   では、いかにして「怒り」をコントロールしていけば良いのか?

   ちまたに溢れる心理学やメンタルヘルスの書籍や多くの講演でさまざまな方法論が紹介されている。ニューヨークに本部を置くナショナルアンガーマネジメント協会による専門的な研究とその日本支部である一般社団法人日本アンガーマネジメント協会では「怒りの連鎖の断ち切る」という理念のもと、「怒りの感情のピークは6秒なので、その間じっと我慢する」など、具体的に怒りをコントロールするトレーニングなどを教示している。

   SDGsの目標10「人や国の不平等をなくそう」の本質は、「誰一人も取り残さない平等社会の実現と、人の下に人をつくらない行動を」という一言に尽きる。具体的には社会に生きる人々の多様性を認め合い、境遇に共感し合いつつ、共に生きることだ。単なる理想として聞こえてしまうかもしれないが、人々が平等に生きる社会を考えた時、それぞれの立場や役割は違うが、本質的に上司も部下も先輩も後輩も高齢者も若者も、すべてのコミュニケーションにおける人格における優劣性などない。

   「追い越されてかっとしそうになったけど、何か急いでいる事情があるのだろう。どうぞ気を付けて」 

   「態度に腹が立ちそうになったけど、こちらのミスをあえて勇気を出して伝えてくれたのでありがたかった。感謝だ」

   「その一言でキレそうになったけど、同じような一言をしまう自分に気づいた。気を付けよう」

   このとき脳内にはノルアドレナリンではなく幸せホルモンのオキシトシンが放出され、何とも言えない安心感を味わうことができる。

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

 

参考文献・出典

Kathy Matay, B.A., ABMP / Marina Bluvshtein, Ph.D.

「The Role of Anger and Its Effect on the Family」

http://www.adlerontario.ca/docs/Conference2016/ONSAPresentationOct13.pdf

MASHING UP 「脳が怒りを生み出すメカニズム ――― 脳科学者・中野信子さん (2017.10.20)」

https://www.mashingup.jp/2017/10/065099nobuko_nakano01.html

https://www.mashingup.jp/2017/10/065143nobuko_nakano02.html

一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会 https://www.angermanagement.co.jp/