正反対の気持ち 【SDGs ディーセント・ワーク】

   先日、色についてのコラムを書かせて頂いた。人の目が見ている物体の色は、その物体が反射している色なのだが、別の言い方をすると「反射される色は、その物体に吸収された色の補色(反対の色)」ということになる。この補色にはとても興味深いことがある。今日は「補色残像」という現象について話をしてみたい。

   人間の目は、同じ色をしばらく眺めた後、別の場所に視線を移すと、その色の補色、すなわち反対の色が目の中に残像を映し出すことがある。原理はわずか0.1~0.4ミリの網膜にびっしりと存在する錐体(すいたい)細胞が、同じ色を見すぎて疲れてしまい、見ている色以外に対してのみ反応するようになるため、その反対色が目の中に残像として残るらしい。

   この補色の残像作用をうまく利用しているものは意外と日常生活にある。 例えば牛乳パックは青い色をしているものが多いが、これは青い色をした牛乳パックを眺めた後に牛乳が注がれているコップを見ると、そこに青の補色である黄色が残像として映ることで牛乳の色が濃厚でおいしそうに見えることを利用している。また、「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」や「トップナイフ―天才脳外科医の条件」など、最近医療・病院系の人気TVドラマをご覧の方も多いと思うが、ほとんどの場合、手術室の色や医者と看護師が身に着けるマスクやユニフォーム(スクラブやケーシー)は薄緑色か青色がほとんどだ。これは、治療や手術などで長時間赤い血を見続けると、補色のうす緑色が残像として映るため、周りが白いと残像がちらついて医者や看護師にとって強いストレスとなる。その残像によるストレスを少しでも軽減するためにあえて薄緑色や青色にしているのである。 

   この残像現象を初めて世に伝えたのは、ドイツ出身の劇作家、詩人、哲学者、自然科学者、小説家として知られるゲーテだそうだ。ゲーテは20年間もの間、さまざまな色彩現象について研究し、1810年、彼が61歳の時に『色彩論』という本を発表している。

   補色残像は見ている色の反対色が残像として残るいわゆる目の構造上の現象であるが、人の心にも同様に思っていることと全く反対の感情をもつ心理現象が起きることもある。「反動形成」である。 平たく言うと、本当に思っていることと反対のことをあえて言ったり、本当にしたい行動と全く逆の行動をとったりすることだ。心理学的には、自我の防衛機制(危険や困難に直面した場合や、とても受け入れがたい苦痛・状況にさらされた場合に、自分が壊れてしまう前に無意識に作用する心理的なメカニズム)の一つである。

   反動形成の具体例は私たちの生活の中で枚挙に暇(いとま)がない。例えば、心から好きだった相手に失恋したときに、「ぜんぜん自分のタイプではなかった。付き合わなくて良かった」とか言って平静を保ってみたり、最後にあと一つ残った美味しそうな餃子を食べたくてしょうがないのに遠慮して「もう、おなか一杯だから、どうぞ食べて、食べて」などと痩せ我慢を言ったり、嫌いでしかたがない上司に敢えて良い部下として振舞ってみせたり…。イソップ童話に登場する「きつねとぶどう」の話も、きつねが美味しそうなぶどうを取ることが出来ず、悔しくてしかたがなかったので、そのままでは自分自身に相当なストレスが生じてしまうために、無意識に「ぶどうはを酸っぱくて美味しくないに決まっている。誰がこんな美味しくないぶどうを食べるものか。食べなくて正解だ」と、自己正当化した、反動形成の代表例のような物語である。

   人は時折、無意識に自己の能力の低さを正当化したり、擁護するために、本当は素晴らしいと心から思っている対象を貶めたり、価値の無いものだと主張することがある。この、いわゆる「負け惜しみ」は明らかに自分の考えている本当の気持ちと全く正反対の感情表現だ。この反動形成という行為によって何とか心のストレスを抑えようとするが、負の感情がさらにエスカレートしてしまうと、自分に対して過度の劣等感を持ったり、嫉妬心から攻撃的な行動へと発展してしまうことがある。

   チューリッヒ生命が2018年4月に20~59歳の有職者1000人を対象に実施した「ビジネスパーソンが抱えるストレスに関する調査」の結果が発表されたが、ほぼ70%の人々が何らかのストレスを抱えており、ストレスのランキングでは、1位「上司との人間関係(38.9%)」、2位「同僚との人間関係(29.0%)」、3位「仕事の内容(27.2%)」、4位「仕事の量が多い(26.8%)」、5位「給与や福利厚生などの待遇面(25.6%)」であった(出典:マイナビニュース 2018年5月16日)。 苦手な上司との「ぎこちないコミュニケーション」は私も経験豊富な方なので、調査結果に共感してしまうが、同時にどれだけの反動形成がストレスを感じている人々の中で起きたのだろう?とそっちの興味も湧く。

   SDGsのテーマである、働き甲斐のある労働環境の実現には、本当の意味での良いコミュニケーションとお互いを多様性を持って受け入れあうことがかかせない。ストレスは決してなくならないが、このストレスといかに付き合っていくかを学ぶためにも、もっともっと自分自身のことを知る機会を増やしていきたいと思う。

   反動形成自体は決して悪いことではなく、単に心が強いストレスを感じた時、自分がそのストレスに押しつぶされないように防衛本能が働いているのであって、あえてコントロールしようとせず、うまく付き合っていく以外にないと個人的には思う。

   チューリッヒの調査では、「独自のストレス発散方法」も同時に聞いている。結果は、1位「美味しい物を食べる(48.4%)」、2位「身体を動かす(34.3%)」、3位「睡眠・休息をとる(33.4%)」、4位「趣味に没頭する(30.9%)」、5位「お酒を飲む(21.9%)」だそうだ。私の場合は趣味に没頭だが、さて皆様のストレス解消法は?

パンチョス萩原