コミュニケーションのルール 【SDGs 働きがいのある人間らしい(ディーセント・ワーク)の促進)】

   グローバル企業においては、本社の役員幹部がガバナンス構築のために世界各地に展開する関連会社の役員を兼務することは珍しいことではない。 私も以前の会社で事業部のCFO(Chief Financial Officer)であった頃には、上海、広州、シンガポール、米国ニュージャージー州、南アフリカ、デュッセルドルフ、ルクセンブルグなどの国にある関連会社で役職を兼務しており、現地で開催される経営会議や取締役会に頻繁に出張していた。 出張には当然飛行機を利用するのだが、私の場合、ANA、ルフトハンザ航空、エバー航空などが加盟するスターアライアンスを使うことが多かった。 久しぶりに当時(2018年)の手帳を見てみると、一年間で飛行機を利用した距離が800,000マイルを超えており、365日中、ざっと90日程度は地上にいなかったことになる。 現在は新型コロナの影響で海外への出張も無理な時分である。 以前のようにまた海外で活躍できるようになることを願わずにはいられない。

   さて、飛行機をご利用なさっている方々はご存じだと思うが、機内に乗り込んだ乗客が全員座席に着いた時にCA(キャビンアテンダント)が必ず行なうことがある。それは業務連絡だ。

「乗務員はドアーをマニュアルモードからオートマチックに変更し、相互確認を行なってください。」

   飛行中、万が一非常事態が発生し、緊急着陸などが必要になった場合に、ドアーをオートマチックモード(もしくはアームドポジションともいう)にしておかないとドアーを開けた時に脱出用スライドが自動的に出ないため、ドアーのモードを切り替えているのだ。 大げさに言えば、国連の定める持続可能な開発17の目標(SDGs)の169ターゲットのうち、11.2 「交通の安全性改善により、持続可能な輸送システムへのアクセスを提供する」に該当し、乗客を安全に守ることが目的の具体的なアクションの一つである。

   私はこの業務連絡の中でCAの方が使う「相互確認」という言葉が好きだ。英語で言えば Cross-Checking である。 実際にCAの方々は、機体前方と後方のドアーにそれぞれ立ち、相互確認はドアーモードを切り替えた後、FBの「いいね」の形で確認を行なっている。 機内の電話で確認し合うことはできるのだろうが、親指を立てて「OK!」というサインを目視する方がより確実であることは間違いない。

   相互確認はビジネスのあらゆるシーンで見られる。例えば、為替予約取引(為替ヘッジ)をする際に、金融機関から提示された為替レートでOKな場合は、「それでいいですよ」とか「お願いします」ではなく、「そのレートでDONE(ダン)です」と言う。DONEと言われたら直ちに金融機関は取引日の通貨をオンラインで予約する処理を行なうため、一旦DONEしたものを買い手側は取り消すことはできない。このDONEが使われるのは、「いいです」や「お願いします」などで聞き間違いや誤解が生じるのを避けるためである。また、取締役会や株主総会では、会議の中で話したり決定した内容は参加者、発言者、決定された事項などを纏めた議事録が作成されるが、関係者に配布される前に内容を参加者、発言者らに徹底して再確認し、「これは議事録に載せないでください」とか、「この言い方は別の表現でお願いします」など誤解や問題が生じないようにしている。 警察、軍隊の使う無線でも相手からの通信に対し、「Roger(ラジャー「Received」の「R」を聞き間違われないように表す言葉)」や「Copy(確かに自分の心に写し取った)」という返答を行なう。相互確認はビジネスをはじめ、どのような組織でも大変重要なアクションなのだ。

   ところが、一般的に日本人はこの相互確認を敢えてする、という文化にあまり馴染んでいないように感じている。 取引先ときちんと内容を理解し、詳細を詰めた契約書を作っていないことが多かったり、上司から一方通行で部下に指示をし、後日「オレはそういうことを言いたかったんじゃない。やり直せ。」、「では初めからそう言って下さい!」という日常の何と多いことか。 本音を表面に出さずに “言外に匂わせる(相手に察してもらう)”方が、細かいところまで根掘り葉掘り確認し合うよりも奥ゆかしいと感じる気持ち自体は、たしかに私自身にもある。 しかしながらテレワークが日常化している現在、メールでコミュニケーションをとることが当たり前の中、この「相互確認」を改めて意識して行なう必要があると思う。

   相互確認はお互いの信頼関係の上に成り立つ。 また、作業のやり直しや、後々の無駄な議論をなくす上でも大幅な時間効率の改善となり、働きがいある職場づくりに大いに役立つ行動だ。 信頼関係はコミュニケーションをしている相手に関心を持ち、気持ちを理解し、受入れるところから始まる。会社での上司・同僚・部下との人間関係であれ、私生活の家族・友人・SNS上の友達などにおいて、相手を尊敬し、お互いの気持ちや言い分をきちんと確認し合うことによって、よりよいコミュニケーションをしていきたい。

他人のことに関心を持たない人間は苦難の道を歩まねばならず、他人に対しても大きな迷惑をかけることになる。人間のあらゆる失敗はそういう人たちの間から生まれるのです。

アルフレッド・アドラー(精神科医・心理学者・社会理論家)

パンチョス萩原