自分の中の多様性 【SGDs ダイバーシティ】

   ずいぶん前に「タイタニックジョーク」というのがあった。

   ある船にいろいろな国の乗客が乗っている。ところが船は今にも沈没しそうである。船長は乗客に海に飛び込むよう説得しなければならない。さて、船長はどう説得して飛び込んでもらうか?

アメリカ人には、「いま飛び込めば、ヒーローになれますよ」

ドイツ人には、「飛び込むのがルールとなっています」

イタリア人には、「美女がたくさん飛び込みました」

フランス人には、「決して飛び込まないでください」

ロシア人には、「極上のウォッカが流されていますよ」

日本人には、「もうみんな飛び込みましたよ」

   あくまでも、それぞれの国民の典型的な性格や行動様式を題材にしたユーモアであるが、今の時代では民族や人種差別的な要素を含んだブラックジョークと非難される方々も多いかもしれない。 しかしながら、他人と同調する傾向のある日本人は、意外とこういった典型的な性格や行動様式でものを考えることを好むのも事実である。例えば血液型では「A型は気配り型で神経がこまやか、失敗するといつまでもくよくよする…」とか、星座では「天秤座の人は上品なセンスで平和主義者…」とか、本来何の根拠もないはずなのに、ちまたではあたかも真実であるかのような定義までされている。 そのほか、干支、世代、性別などでも共通項を見出したりする。 日本テレビ系列で現在放映中の「秘密のケンミンSHOW極」は都道府県ごとに共通しているように見える行動様式に共感を誘うバラエティー番組となっている。 

   私が今から4年前、産業カウンセラーの資格をとる勉強をしていた時、人がこのようにフレームにはめてしまうことを心理学では「認知バイアス」と呼ぶ、ということを学んだ。これは誰にでもある思考の偏り(かたより)であって、残念ながら一度そう思い込むとなかなか考え方を変えるのは難しい。テレビで好きなタレントが単なる一個人の意見として言っているコメントであっても、自分に都合がいい部分だけを信じてしまうために、それ以外の意見などない、との先入観や思い込みから状況を判断してしまうのはその典型例だ。 また、新型コロナの感染者が増えている中で、人の移動を容認しての経済再生か感染者を増やさない自粛継続かで意見が分かれているところであるが、新型コロナ自体が前人未踏な出来事であり、正解など誰にもわからないし、状況も地域によってケース・バイ・ケースであろう。 そんな不安な中で、一旦、非常に影響力のある有名人がSNSに自分の意見を述べ、「いいね」の数が数万件になっていたりすると、「多くの人がみんなそう思っているのだから、きっと正しいのだろう」と、他人の動向を見た上で自分の意見や行動を決めようとする「同調行動」が起き、反対意見を言う人たちを非難するようなことは、すべてこの「認知バイアス」から起きていると思う。

   驚くことに、この「認知バイアス」は、他人に対してだけでなく、自分の身にも普通に起こる。何か新しいことを始める決心をしたとしよう。最初は情熱を持って始めるが、そのうち「私は長続きしない性格だから」とか、「O型は大雑把だから」とか、勝手に決めつけてしまい、今度はそのことを無意識に「続けない理由」として正当化するようになる。私たちの身近なところではダイエット、英会話、筋トレ、ボランティア…など、楽しみながら少しずつマイペースでチャレンジできる多くのテーマがあるが、検定試験合格とかいうならまだしも、本来、最終的なゴールの定義などない、いわばそのエクササイズや勉強の過程自体を楽しむべきものに対しても、自分の性格や境遇などを理由に断念してしまうケースも多い。 

   さらに、自分自身の性格や行動を決めつけてしまう認知バイアスは、事実の捉え方すら変えてしまうことがある。例えば、ある男性が好意を抱く女性に告白し、「ごめんなさい。あなたとは付き合うことはできないの。」と言われ、「あぁ、僕はもう終わりだ。生きていてもしかたがない。」となったとしよう。個人的にかなり共感できる話ではあるが、心理学的には、この男性が「生きていてもしかたがない」、と判断した固定観念、すなわち「自分は好きな人からフラれた価値のない人間だ→価値がないのだから生きる意味がないのだ」としたところに問題がある、と指摘する。男性ならば好きな女性にフラれたら死ぬほど辛いが、世界中の多くの男性は同様なことを経験しており、「死ななければならないという理由」にはならないはずである。「フラれてしまった。さらに男を磨いて再チャレンジしよう」とか、「今、その人に付き合っている人がいるならしかたがない。辛いけれど来年までに彼女を見つけよう」とか、考える人も中にはいるのである。しかしながら、この男性が論理的に「失恋→死」を定義している場合、死はこの男性にとっては正しい判断なのである。

   アメリカの臨床心理学者アルバート・エリス(1913年-2007年)は、こうした間違った事実を「イラショナル・ビリーフ」と呼び、別の正しい事実「ラショナル・ビリーフ」を導き出して考え方を変え、うつ病などの精神的な疾患をいやすための理性感情行動療法(REBT)を唱えた。このREBTは、現在でも認知的アプローチの認知行動療法や、ビジネスでも、パフォーマンスの促進、目標達成・自己の実現、リーダーシップ、コーチングなどで活用されることも多い。

   多様性を尊重し、他者の考え方・価値感を受け入れよう、という行動はSDGsでも大切な目標となっている。同様に自分の中の多様性をもっともっと柔軟に受け入れてみてはどうだろうか? あまり固定観念に縛られず、結論を急がず、自らの弱さも含めて受け入れ、「自分大好き!」となりたいと思う。

パンチョス萩原