バーンアウトする前に 【SDGs メンタルヘルス】

   「仕事にストレスは付きものだ」と言う人は多い。職場の人間関係や与えられた仕事内容、終わりが見えない仕事量、上司からのプレッシャー、顧客からのクレームなど、例を上げだしたらきりがない。これらの心理的なストレス要因(ストレッサー)のほか、エアコンの温度設定、工場の騒音、エレベーター内の混雑などの物理的ストレッサーに加えて、狭い会議室での酸素不足、製造過程で使用する薬品類などの化学的ストレッサーも存在する。 私たちは働いていれば、日々これらの心理的・物理的・科学的なストレッサーのいずれかを必ずといってよいほど経験しているのである。

   少し前までは、「職場でのハラスメント」が大きな話題となっていた。日本では厚生労働省がようやく今年1月に「職場のパワーハラスメント防止のための指針(ガイドライン)」を公表し、6月1日に「パワハラ防止法」が制定され、まず大企業に対してパワハラ防止策を講じることを義務付けた(中小企業は2022年4月1日から適用)。法律で規制するということはどれだけパワハラが企業内に横行しているかという裏返しでもある。

   ところが、今年に入って、仕事上のストレスでいきなり圏外からトップにランクインしそうな勢いのストレスがある。テレワーク・リモートワークなどにおける心理的なストレスである。いま、多くのテレワーク実施者の人々の中で「燃え尽き症候群(バーンアウト)」が発症している。

   テレワークは、主に在宅での仕事であるが、職場に通勤しないことによる交通機関での人との密な接触がなくなることや、仕事が集中してできることで効率や生産性が上がったり、ワークライフバランスも改善され、家族との時間が多く持てたりと、多くのメリットもあるため、コロナ禍の中、新しいスタンダードとして会社の勤務体系に定着しつつある。一方で、自分で勤務時間を管理しなければならないし、メールやZOOMやオンライン会議など、IT環境下での仕事がメインとなることで、なかなかコミュニケーションがうまく行かなくなったりする。

   しかしながら、テレワークで強いストレスに感じている人の中には、これまで職場で熱心に仕事に取り組んでいた人々が相当多い。現場で指揮をふるったり、顧客を訪問して新製品を提案したり、海外の拠点を廻って経営指導をしたり、とにかく仕事の出来る人々が、在宅勤務という制約の中で今まで通りの成果を発揮できずに、急に熱意や意欲を失ってしまう―――いわゆる「燃え尽き症候群(バーンアウト)」である。

   リモートで仕事をしていて具体的な成果も出しづらいのに、これから昇進はどうなるのか?自分はこのまま成長し続けていけるのだろうか?など、これまで自分を支えていたプライドと誇り、そして仕事に対する向上心やモチベーションがなくなれば、無気力・無感動になる。仕事がどうでもよくなる気持ちになってしまう。そんなストレスや脱力感からよけいに仕事がはかどらなくなったり、オンライン会議でも発言したかと思えばぞんざいなことを参加者に言ってしまったり、という悪循環に陥ってしまうのである。仕事とプライベートの線引きがとても困難なテレワークという環境上、朝なかなか起きれなかったり、食事が不規則になったり、遅くまでダラダラと仕事を続けてしまったりして、結局は私生活も乱れ、体に不調が出てくるのである。

   「燃え尽き症候群(バーンアウト)」を防止するためには、まず仕事の時間をきちんと決めること、“バーチャル通勤”として、仕事の前と後に近くを散歩するなどして職場へ出かけたようなスタイルを取り入れてみること、そして、仕事の時間は部屋着からカジュアルで良いから「仕事用」の服に着替えて気持ちを切り替えること、などが効果があるらしい。会社側の対応としても、オンライン会議は必要なものを時間を決めて効率的に「仕事のために」行ない、あくまでも在宅中の社員を「監視」したりするための内容のない会議(例えば、意味なく定例的に仕事の進捗のみを報告し合う会議など)をやめることだ。また、在宅社員にとって、人事の評価も明確しておき、安心して仕事に取り組むことが出来るような整備も必要である。

   多くの人々にとって新しい働き方となったテレワーク。実際になさっていらっしゃる方々は、ぜひとも自らの心のケアをまず第一に優先し、心と体共に健康な状態で行なって頂きたい。

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター・産業カウンセラー)

2050年の食糧問題 【SDGs 飢餓 技術革新】

   国連の世界人口推計(2019版データブックレット)によれば、2050年に世界の人口は97億人となり、2100年には110億人のピークに達するという。

   今後30年で20億人が増加する予測の中、自然破壊などが起因して、2050年にはおよそ50億人もの人々が食糧危機や水不足に直面するという研究結果もある(*下段参照)。

   世界人口の増加と経済的に豊かな中間層の拡大は、世界規模で肉や魚の消費量の増加をもたらすことになるが、畜産や養殖のためには生産物の何倍もの穀物や魚粉が消費されるために、あと5年もすると世界規模でタンパク質の需要に対して供給が追いつかなくなると10年ほど前から推測されてきた。2013年には、国際連合食糧農業機関(FAO)が世界の食料危機の解決として、栄養価が高い昆虫類の活用を推奨する報告書を発表している。人々は昆虫を食することが当たり前になる日が来るかもしれない。

   一方で、バイオテクノロジーも一層進化しており、牛の筋細胞からステーキ肉を作製する「培養肉」の研究も進んでいる。

   日清食品ホールディングスは、東京大学などとの共同研究で、2024年度中に「培養肉」の基礎技術確立を目指している。「培養肉」が完成すれば、牛を生育することなく人工的に肉を作ることができるため、育てる過程で発生する多量の温暖化ガスや環境負荷を低くすることが可能となる。また、飼料の穀物が必要なくなり、食糧問題への解決の一つとなる。動物を殺生しなくて済むため、動物愛護団体もこの技術に期待を寄せている。

   「培養肉」の研究は、オランダのマーストリヒト大学教授であるマーク・ポスト医学博士が開発した「人工肉」を使って2013年にイギリスで開かれた「人工肉バーガー」の試食会から開発に拍車がかかり、現在に至っている。理論的には数個の幹細胞から1万~5万トンの肉が得られるため、食糧危機の解決にもつながる。

   当時はコストの問題があり、試食された「人口肉バーガー」1個の値段は桁外れの約3500万円もしたが、現在では通常のステーキ肉にかなり近いコストまで下がっているという。日本のバイオベンチャーである株式会社インテグリカルチャーも再生医療の組織化技術を用いて「細胞培養肉」の研究開発している会社のひとつだ。

   いつか私たちが日常的に食べている牛肉、豚肉、鶏肉、野菜までもが食べられなくなる日が来るかもしれない。バイオ技術の進歩や環境負荷を低減して循環型の食物生産システムを構築して持続可能な食糧調達をする努力などは、今後懸念されている世界人口増加で懸念される深刻な食糧不足問題への解決の一つとなると期待してやまないが、同時に生物資源の乱獲や作物が育つ自然環境の破壊などをしない努力、食べられるものを捨てるといった「食品ロス」を出さない努力、食品リサイクルをする努力なども決して忘れてはならない。

   30年後の食糧事情は今の私たちの生活によって大きく左右されるのである。

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

 

参照

(*) 2019年10月11日付 学術誌「サイエンス」に掲載された「Global Modeling Of Nature’s Contributions To People」(邦訳:自然の恵みの全世界モデリング。米スタンフォード大学の景観生態学者レベッカ・チャップリン・クレイマー氏の論文

国連広報センター 世界人口推計2019年版データブックレット

https://www.unic.or.jp/files/8dddc40715a7446dae4f070a4554c3e0.pdf

日本産業新聞 2020年10月27日付

「牛の細胞でステーキ肉 日清食品、食料危機に挑む」

株式会社インテグリカルチャー HP

https://initial.inc/companies/A-29066

指数関数的増加 【SDGs すべての人に健康を】

   日給がたった2円で募集しているアルバイトがあるとする。その会社の採用担当者による説明では、次の日には前の日の倍の給与がもらえるという。この条件で1か月の雇用契約を結ぶパターンと、日給を固定して2万円の給与を毎日受け取るパターンを選べ、と言われたら、どちらを取るだろうか?

   1日目は2円、2日目は4円、3日目は8円である。しかし、1か月たった30日目の日給は10億7千3百4万1千824円となる。2の30乗だ。それからたった10日の40日目の日給は1兆995億円を超えている。このようなものを「指数関数的増加」という。

   10月24日に、世界保健機関(WHO)のテドロス(Tedros Adhanom Ghebreyesus)事務局長は、ネット上で開催した記者会見で、“私たちは、特に北半球で、このパンデミックの重大な時期にいる。今後数か月間は非常に厳しいものになるだろう。一部の国は危険な状態に向かっている”と記者に語り、“あまりに多くの国でCOVID-19の感染者数が指数関数的に増加しており、まだ10月に過ぎないのに病院や集中治療室(ICU)が収容の限界に達しつつあるか、すでに限界を超えてしまっている。”と医療現場の現状の厳しさを述べた(英語の原文は下段に引用)

   特にヨーロッパで新型コロナの第2波の脅威がすさまじいことになっている。スペインのサンチェス首相(Pedro Sánchez Pérez-Castejón)は10月25日、スペイン国内で新型コロナウイルスの感染で再拡大が深刻な事態となっていることを受け、同日から全土に2度目の非常事態を宣言すると発表した。感染者数の累計が先週100万人を超えたフランスをはじめ、EU加盟国に周辺国を合わせた31か国のうち、25か国で「非常に懸念される状況」とECDC(ヨーロッパ疾病予防管理センター)は23日に最新の評価として発表している。

   このまま状況が悪化すれば、再びロックダウンとなって、ヨーロッパ経済には大きな打撃となる。これから寒くなり、人々が家の中に集まる機会も増えることから、各国で第2波を封じ込めることに最大限の努力を払っているところである。

   「指数関数的増加」が一番こわいのは、最初は大した数でなくてもあっという間に天文学的数字に増えてしまうということだ。先ほどの2の乗数倍の例をとっても、地球上に新型コロナ感染者が仮に今日2人しかいなくても、それぞれが別の1人にウィルスを移し、かかってしまった人がさらに別の1人に移すことが続いた場合、33日目で全人類が新型コロナにかかる計算となる。

   10月26日現在、4299万人が感染、死者115万人という新型コロナ感染状況(NHKによるデータ)であるが、人類が経験した最悪の伝染病である黒死病(1347年~1351年 死者2億人)、天然痘(1520年~1980年 死者5600万人)などの過去の例と比べれば、まだそれらに肩を並べる伝染病ではない、と多くの人は感じると思う。しかし、「指数関数的増加」となれば、さほど遠くない将来にとんでもない数の感染者数に膨れ上がってしまう。

 

   新型コロナとの闘いは長期戦になるかもしれないが、この恐ろしい伝染病を根絶できるかは、一人ひとりの行動にかかっていることを改めて思う。誰もが健康で生きられる世の中を取り戻すためにも、これまで以上に普段の生活に細心の注意を払いつつ、基本的な衛生行動とマナーを守り、新型コロナに打ち勝たなければならない。

 

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

 

引用:WHO テドロス事務局長スピーチ(10月24日 インターネット記者会見)

WHO Director-General’s opening remarks at the media briefing on COVID-19 – 23 October 2020

We are at a critical juncture in this pandemic, particularly in the northern hemisphere.

The next few months are going to be very tough and some countries are on a dangerous track.

Too many countries are seeing an exponential increase in cases and that is now leading to hospitals and ICU running close or above capacity and we’re still only in October.

https://www.who.int/director-general/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19—23-october-2020

考えたくないことは考えない 【SDGs 心理】

   コロナ禍であまり外出もできず、体重が増えてしまった。ダイエットをしてせめて太った分だけでも痩せたいと思う。けれど、コロナ禍でまだ密を避けてあまり外出せず、制約した生活でのささやかな楽しみは、美味しいものを食べることくらいで、ダイエットのために食べられないと思うとストレスが溜まってしまう…。

    

   社会心理学でいう「認知的不協和」の状態だ。

  

  「認知的不協和」とは、アメリカの心理学者リーオン・フェスティンガー(1919年-1989年)が提唱した理論で、自分の中に矛盾する二つの認知を抱えたときに生じる、居心地の悪さや不快感を表す心理用語である。例えば、「ごみを分別することは必要だと思うが、面倒くさい」、「とても好きな人がいて付き合いたくてしかたがないのに、相手に振り向いてもらえず切ない」、「体に悪いのはわかっているが、ついついゲームで夜更かししてしまう」など、相反する2つの認知の中で不快感をなくすために人は自分の態度や行動を変えるのである。

   ごみを分別するのが面倒くさい人は、ネットなどで、「ダイオキシンなんて無害だ。ごみ分別なんて不要だ」など、ごみを分別しない人々の意見を積極的に探し、ごみ分別をしないことを正当化しようと試みるようになる。そして、ごみ分別がいかにリサイクルにとって必要か、素晴らしいことか、などの記事はあえて読むのを避ける。ゲームで夜更かしする人々も、寝不足でも全然平気な人たちの記事や、みんな夜更かししてゲームにはまっているなどの記事をあえて選んで読み、これ以外は無視する。これは自分に都合の良い情報のみを得ようとする傾向の「確証バイアス」と呼ばれる。

   好きでたまらない人に振り向いてもらえず、身も心も張り裂けそうになった時に、「あの人の代わりならいくらでもいるし、よく見たらそんなに大した人でなかった。付き合わないのが正解なのだ」など、対象を無価値化して不快感を減らそうとする。これは自我が崩壊しないようにとる防衛機制の「合理化」である。

   「認知的不協和」は誰にでもあることで、それ自体に何の問題もないし、2つの相反する認知の中で不快感が生じるストレスから、これまでの考えを変えたりすることも日常的にある。これは私たちがストレスを避けるために無意識的に行なっていることで、そうしなければ不快感からくるストレスに押しつぶされてしまうことになる。なので、ストレスを軽減のする行動や認知の変容は必ずしも悪いこととは言えない。

   注意しなければいけないことは、不快感を減らす上で「明らかにしなければならないことを無視するための正当化」が自分の身に起きてしまうと、人はなかなか正しい行動ができなくなってしまうことである。例えば、深酒や過度の喫煙、睡眠不足などは毎日続ければ医学的に見ても体に悪いに決まっているが、「それでも普通に100歳まで生きる人だっている」ということが自分がそれらをやめない理由となり、自分の行動を正当化することもある。

   SDGsの解決課題においても、アフリカやアジアの深刻な飢餓状況やアメリカ社会に影を落とす人種差別や人権問題の現状をニュースで読み、何とか役に立てないかと思っては見るものの直接の働きかけが出来ない時、あえてそのようなニュースを読まないか考えないようにすることで無意識的に心の中の不快感を取り除いてしまうことも起きるのである。しかしながら、現実にそれらの問題がなくなっているわけではない。

   「認知的不協和」は日常の中で頻繁に起こるが、明らかな事実をねじ曲げて都合よく物事を解釈しないようにするためにも、普段から、「自分自身がどのように心に生じた不快感からくるストレスを回避しているのか」、という自分の認知の癖を知っておくことは大事なことである。

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター ・ 産業カウンセラー)

平和の伝達者 【SDGs 国連 人権】

   芸術、文学、音楽、科学、エンターテイメント、スポーツなどの各分野で素晴らしい活躍をしている人々は多い。それらの偉大な人々を自分の目標にしたり、たくさんの生きる勇気をもらったり、あるいは作品を純粋に楽しんだりしながら私たちは生活している。

   そんな各分野で活躍する著名人たちが、その知名度を活かし、国連のさまざまな活動を支援している。彼らは国連事務総長に「国連ピース・メッセンジャー」として任命され、国連の活動に世界の関心を集めるために協力を引き受けている。ハリウッド映画界のレオナルド・ディカプリオやマイケル・ダグラス、シャーリーズ・セロンをはじめ、音楽界ではスティービー・ワンダーや、チェロ奏者のヨーヨー・マ、バイオリニストの五嶋みどりなどが現在「国連ピース・メッセンジャー」として活躍中だ。彼らは任命後の2年間、「グローバル市民」としての最高の栄誉を与えられ、世界各地の数十億人の生活改善に向けた国連の取り組みに対する認識を高めるために講演会やイベント、また現地での活動に参加することによって支援をする。

   「国連ピース・メッセンジャー」とよく似たものに「国連親善大使」があるが、両者の違いは、「国連ピース・メッセンジャー」は国連事務総長が任命するのに対し、「国連親善大使」は国連児童基金(UNICEF)、世界食糧計画(WFP)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など、国連の基金、計画および専門機関の最高責任者が指名し、国連事務総長がそれを承認するところである。両者ともに国連のさまざまな活動を通じ、誰も取り残されない平和で平等の社会を築くために活躍することは同じである。

 

   そんな「国連ピース・メッセンジャー」に任命された人々の中でも、ノーベル平和賞の受賞歴もある著名な方々は、それぞれが人生の中でこれ以上ない地獄を経験してきた。

 

   1998年に任命され、2016年に亡くなったノーベル平和賞の作家・人権活動家・ボストン大学教授のエリ・ヴィーゼルは、現在のルーマニアに生まれ、15歳の時に家族と共にナチスの強制収容所に送られ、母と妹が殺され、父親が病死する。戦後、ホロコーストの経験を綴った自伝である「夜」を著し、貧困撲滅やスーダンのダルフール地方での残虐行為の根絶のために活動した。時の国連事務総長であった潘基文(パン・ギムン)は、エリ・ヴィーゼルのことを「寛容と平和の世界で最も重要な証人、そして最も雄弁な擁護者の一人」と伝えている。

   2017年に任命され、現在も「国連ピース・メッセンジャー」として活躍している、フェミニスト・人権活動家のマララ・ユサフザイは、パキスタンに生まれ、2012年下校途中にタリバンによって女性教育弾圧に反対したことを理由に銃撃を受けた。しかし、その後も女性の教育を受ける権利を訴え続け、彼女の活躍によって、パキスタンは国会で初めて無償で義務教育を受ける権利を盛り込む法案を可決するに至った。2014年には、最年少でノーベル平和賞を受賞した。すべてのレベルで教育へのアクセスを広げ、特に女性と女児の就学率を引き上げるという点で大きな活躍を現在も続けている。

   平和の実現と人権の尊重は、国連の存在意義において、あらゆる活動の根底にある。1945年と1948年にそれぞれ採択した「国連憲章」と「世界人権宣言」は、その要(かなめ)だ。

   平和は人々が協力し合って「つくる」ものであって、むこうから「訪れる」ものではない。そのためには世界で「今何が起き、私たちにできることは何か」を認識し、行動することが必要である。

 

   私たちもたとえ国連事務総長によって「国連ピース・メッセンジャー」に任命されなくても、それぞれ与えられた環境、身近な社会の中で、平和の伝達者として今日この日から行動できるのである。

 

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

 

 

国際連合広報センター 国連ピース・メッセンジャー

https://www.unic.or.jp/activities/celebrities/peace_messengers/

「脱はんこ」とデジタル化 【SDGs チェンジマネジメント】

   全国有数の「はんこ」生産県である山梨県の印判用品卸商工業協同組合や、はんこ屋21の「はんこの歴史館」の資料によれば、印章、すなわち「はんこ」は既に紀元前7000年~6000年くらいにはメソポタミア地方で使用されたらしい。

   一般的なイメージの「はんこ」以外に、指輪も「はんこ」替わりに使われていて、紀元前5世紀~2世紀に多く用いられ、ローマ法王も公式に使用していた「漁師の指輪」なども、重要書類が入った封筒を閉じるために封蝋(ふうろう)を垂らし、指輪の印章で封印して、確かにその指輪をしている本人が認めたものである証としてきたのである。はんこや印鑑のことを “seal(閉じる、封印する)”と英語で言うのは、この指輪による印章封印の名残なのかもしれない。

   日本人が「はんこ」を使いはじめたのは今から約2300年前である。その頃の中国(後漢時代)で紙が発明されたのをきっかけに書物に捺印する習慣ができ、それが日本に伝わった。学校の歴史の授業で習った、後漢の光武帝時代、時の中国から倭奴国(日本)に送られた「金印(漢委奴国王印 かんのわのなのこくおういん)」は有名だ。その後日本の歴史から「はんこ」は一度姿を消し、再び江戸時代に登場し、今に至る。

   そんな長い歴史の「はんこ」であるが、目下、河野太郎行政改革担当相が、行政手続きの「脱ハンコ」に向けて取り組んでいる。目指しているのは9割以上の行政手続きで使用されている「はんこ」を廃止し、デジタル化を推進することだ。政府は「はんこ」を「時代遅れの押印文化の慣習」としているが、「デジタル化推進とハンコ廃止は別物だ」と山梨県知事の長崎幸太郎氏をはじめ、多くの著名人、ひいてはハンコ業界も反論し、議論はヒートアップの様相を呈している。

    

   問題は、「デジタル化をいかに進めるか」、ということで、そのために「はんこは本来何のために押すのか、今後どのような形で同様な目的を達しつつ承認システムを運用していくか?」という点にあると思う。

  

   デジタル化が進んでいる中国では、今でも行政はすべての公文書に「はんこ」を押しているが誰も廃止など言い出していない。日本の場合、「実印」は身分証よりも重要な存在となっていて、行政から登録を受けることにより、所持者本人の法的効力を証明するものとなるが、この「はんこ」と行政の手続きや会社内部の承認において使用されるシャチハタ印などの「はんこ」を分けた議論にすべきであることは明らかだ。

   デジタルフォーメーションを加速化し、紙の文化から電子媒体へ移行させ紙資源の節約や業務の効率化を図るためには、「はんこ」だけなくせば良いものということではない。紙の領収書や請求書を含めたあらゆる文書の電子化を進めることが目標となる。これらのものを残した中で「はんこ」を廃止したとしても、「はんこ」が自筆のサインに代わるだけになってしまうかもしれない。紙のデータ保管に関する法的な整備と併せてこの「脱はんこ問題」は進められる必要がある。

   契約書に「はんこ」がないという理由だけで、本人に書留で書類が送り返され「はんこ」を押して返送する。机の上に普段から「はんこ」を置いておいて、「俺がいないときに承認が必要な書類には、コレ、押しといて」と上司が指示を出す…。本来「はんこ」とは本人が「ここに書いてあることを確実に理解し、この通りに行ないます」とか「確かに責任を持って承認します」とか、自らの役割に沿った責任を表明するものだと思う。

   「はんこ」に代わって本人の意思を動画で記録しておけば上述の郵送などはなくなるだろうし、本人が何も見ていない資料に形だけ押した「はんこ」に何の意味もない。ここに「はんこ」について再考し、今後の行動を変えていく(チェンジマネジメント)の意義がある。 

   

 いかに「脱はんこ」を成功させ、デジタル化したとしても、長い歴史で使われ続けてきた「はんこ」が持つ本来の意味をなくしてしまってはいけないのである。

 

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)

離れていても 【SDGs 働き方改革】

   透き通るコバルトブルーの海に浮かぶコテージで、彩り豊かな熱帯魚の泳ぐ姿を見ながら、会社からのメールをチェックし、レポートをまとめ、上司とオンラインでミーティングをする。あるいは、霧深い森のひっそりとしたキャンプ場で、家族ぐるみの友人らとバーベキューをしながらクライアントへの契約書をまとめ、オンラインでコンサルティングをつとめる…..。

   リゾート地や温泉地などで余暇を楽しみつつ仕事を行うスタイルの「ワーケーション」の例である。

   「ワーケーション」は、政府が新たな旅行の在り方として提唱し、関係省庁、地元自治体、関係業界との緊密な連携の下で普及させるべく推進している。コロナ禍がもたらしたものと言えば、「新しい日常」である。5月の緊急事態宣言下では、3密回避、外出自粛の中、厚生労働省が「ICT(情報通信技術)」を活用して時間や場所などを有効に活用できる柔軟な働き方である「テレワーク」を積極的に採用するように会社に依頼した。その後「テレワーク」や同様の「リモートワーク」は定着し、オフィス不要論を唱える経営者や、本社を地方都市に移転した会社も今では珍しくなくなった。

   「テレワーク」の大多数は、週1~2回の定期的な職場への通勤などを前提として、自宅やカフェなどのスペースで仕事をしているものが主流であるが、「ICT(情報通信技術)」が整備されている昨今、正直「どこでも仕事ができる」と思う企業や個人も増えている。そんな中で思い切って、自然に恵まれた環境に移り住む人々もいる。

   「ワーケーション」は、「テレワーク」とは少し毛色の異なるコンセプトだ。政府が後押ししている「Go To トラベル」などで、十分に余暇を過ごしている中で、「仕事も」可能、というところがアピールポイントなのである。したがって、国土交通白書にも記載があるが、旅行中に「ほんの少しだけ」仕事をして、あとは余暇をエンジョイしてください」というのが「ワーケーション」の本来のスタイルである。例えば、3日間の家族と行く旅行中、毎日の午前中は観光やレジャー、3日とも午後は仕事、というスタイルは勤務時間が長いので認められていない。「ワーケーション」の定義で許されるのは「2日目の午後だけ」とかの仕事を大幅に限定したものであり、あくまでも余暇に重点をおく働き方が「テレワーク」と異なる。

   「ワーケーション」には賛否両論はあるが、企業、個人のメリット・デメリットを正しく把握すれば、新しい働き方になることは間違いない。企業にとってみれば、「ワーケーション」はテレワークの延長線上の勤務体系という考え方と福利厚生的な要素を混ぜ合わせたような形であり、社員の「ワーク・ライフ・バランス(仕事とプライベートのバランス)」の向上につながる。個人にとってみれば、閉塞的な在宅勤務から解放されて、長期間の観光や帰省においても職場や自宅とは違った環境でリラックスしながら仕事ができる。家族サービス、自らのリフレッシュ、仕事の3方よしとなる。

   地方にとっては、大きく業績が落ち込んだ観光業や飲食店に対して、旅行者が増えることで観光収入増や地元の経済活性化となる。そんな中で、全国の地方自治体に先駆け「ワーケーション」を推進・PR しているのが和歌山県だ。世界遺産である熊野古道の修繕活動等の CSR 活動を企画したり、Wi-Fi 環境のある仕事場の提供を含むワーケーション体験会を開催するとともに、「ワーケーション」のPR 動画の作成などを積極的に行なっている。

   新しい働き方の推進は、以前からも提唱されてきたが、コロナ禍の中で一気に注目されてきた。しかしながらベースにあるのは、どんなに効率的な制度を導入しても、その働き方のルールを会社も従業員もしっかりと守っていくことに尽きる。リモートの部下にどのように指示を出したり、報告を受ければよいのかということで悩んでいる上司はたくさんいる。お客様との商談をオンラインで行なうことに慣れていない営業マンもいることだろう。たとえワーケーションで休暇を取りつつ仕事をする上司に電話をするのをためらう部下もきっといる。離れていても相手との意思の疎通がきちんと的確にできる環境と心構えをまずは築く必要がある。

 

   新しい働き方で一番備えるべきものは、求められる新しいコミュニケーションのありかたに適応できる能力なのかもしれない。

 

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

 

厚生労働省 「テレワーク普及促進関連事業」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/shigoto/telework.html

国土交通白書 「変化する我が国の現状」

https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h29/hakusho/h30/pdf/np101300.pdf

より簡素な包装を【SDGs つくる責任 つかう責任】 

   私の暮らす地域では、毎週火曜日と金曜日は「可燃ごみ」、の収集日だ。分別でリサイクルできるものを極力減らしてはいるものの、私の毎週出す可燃ごみは、生ごみ、資源にならない紙屑もあるが、結構多いのが「包装パッケージや使い捨て容器」である。

   コンビニで買ったコーヒーの紙コップ、チョコレートやポテトチップスのビニール袋、ペットボトルのラベル、豆腐の容器、冷蔵肉や総菜のラップ…たくさんの「プラマーク」のついていないプラスチックごみや一回ぽっきりのカップごみなどで容量45ℓのごみ袋がいっぱいになる。

   世界から日本を見た場合、包装はかなり過剰とも思えるほどのレベルである。お菓子なども綺麗なデザインがプリントされた箱の中にプラスチックの袋があって、さらに小分けしたプラスチックの袋に入っていたりする。何かスーパーから買ってきて食べるだけでごみがたくさんでてしまう。リサイクル可能か不可かを問わず、やはりペットボトルや牛乳パックにしてもごみにはなる。シャンプーやボディーソープ、入浴剤などの容器やクッキーの缶などは、捨てるにはもったいないほどしっかりしていて、何かに使えはしないだろうか、と洗ってとっておいても使い道が思いつかないので結局捨てる羽目になったりする。

   ごみを減らす対策としてつくる側の「パッケージレス」または「簡易包装」はここ10年間のトレンドだ。坂本龍一のCD「Out of Noise」のパッケージは可能な限り簡素なもので、「家にある空(から)のCDケースに入れて保管」することが前提となっており、CD制作のおける製造工程、流通工程、ひいては将来廃棄される際に排出される温室効果ガスの量をフィリピンでの植林事業で相殺(カーボンオフセット)するという徹底した環境対策をしている。CDの収益から寄付をするのではなく、つくる人とつかう人の両方が環境に対して優しいのが素晴らしい。

   簡易包装はネットから購入することが増えた現在、お店で陳列する製品のように見映えにこだわる客は以前ほどいない。直接家に届く製品ではラベルが貼っていないペットボトルや最低限の包装材をつかったティッシュボックスや洗剤などは十分なのである。

   ごみを減らす別の対策としては、「ごみとなる容器を受け取らない」というものもある。「自前の容器」を持ち込んで商品を購入し、紙コップや容器のごみを増やさない販売方法も最近では多くのお店で見られるようになってきた。例えばスターバックスである。保温式のタンブラーやステンレスボトルを持ち込めば中身だけ売ってもらえる。スープストックも自分でジャーを持ち込んで中身だけ売ってもらえる。スタバもスープストックも自分で容器を持ち込めば20円ほど安くなる。タリーズコーヒーは30円引きである。

   全く包装容器がない形で販売しているところもある。LUSHだ。「ネイキッド商品」はまさに包装容器すら要らない消費者に人気となっており、エコフレンドリーなだけでなく、商品そのものが美しく良い香りがするために逆に容器に入れておく方がもったいない感じなのである。

   さらにアメリカでは「ゼロ・ウェイスト・ストア」というのがある。ニューヨークのブルックリンにあるPrecycleという日用雑貨・生鮮食品ストアは、今から2年前にできた原産地が明記されたオーガニックな食品などを販売する「Bulk Food(量り売り食品)専門店」で、買う時には自分でタッパーなどの容器を持参するか再利用可能な容器を店内で購入し、必要なだけ自分の容器に取り分け購入する。

   昭和の時代、豆腐屋が独特の笛を鳴らしながら家の近くまで来ると、ボールを持った主婦が玄関から出てきて行列を作った。肉屋の量り売りでは杉やヒノキを紙のように薄く切った経木(きょうぎ)でお肉を包み、細いひもで縛ってくれた。そんなことが当たり前だった昭和の知恵が今の時代にも再考され、ごみが減ることにつながってほしいと思っている。

 

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

 

参照・出典

LUSH ネイキッド商品

https://jn.lush.com/article/reasons-we-choose-naked-item

Precycle (ブルックリンのパッケージフリーの日常雑貨・生鮮食品ストア)

https://www.precyclenyc.com/

DIAMOND ONLINE 「実は凄かった!木の食品包装「経木」の天然パワー」

https://diamond.jp/articles/-/71380

宇宙から見守る地球 【SDGs 宇宙開発 パートナーシップ】

   最近はすっかり秋らしい気候になり、秋冬物の上着を羽織るようになった。

   今の季節、かなり冷え込む早朝5時頃であるが、空が晴れていれば「国際宇宙ステーション・きぼう」を肉眼で毎日見ることができる。宇宙航空研究開発機構のサイトによれば、比較的見やすいのは明日10月22日の午前5時18分から5時24分までの6分間、関東付近では南西の方角から見え始め、北東の方角で見えなくなる。主要な都市における目視可能な緯度と経度がサイトに載っているので、宇宙ファンならぜひとも早起きして時速約28,000km/h(秒速約8km/s)というライフル銃の弾丸スピードの3倍以上の速度で飛行する宇宙ステーションをその目でご覧になって頂きたい。

   宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、この「国際宇宙ステーション・きぼう」をはじめ、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」、地球観測衛星「Aqua」、気象衛星「ひまわり」、超低高度衛星技術試験機「つばめ」、地球観測衛星「TRMM」など多くの人工衛星によって、宇宙から地球のさまざまな観測を実施している。災害被害、気候変動、熱帯雨林や森林の変化状況など、地上からの観測よりもはるかに効率的かつ大規模のデータを収集することにより、現状把握を通じて今後の対策をいち早く立ててアクションにつなげることを目指している。

   例えば、JAXAは、80か国に及ぶ熱帯雨林の伐採状況とその変化をモニタリングしており、データはネット上に開示されて私たちはいつでも見ることができる。SDGsの環境課題、特に森の保護への課題解決につなげたい人々に大いに役に立っている(「ICA-JAXA熱帯林早期警戒システム」https://www.eorc.jaxa.jp/jjfast/jj_mapmonitor_phase1.html)。サブ・サハラ、南米や東南アジアにおける貴重な熱帯雨林がどんどん失われている様子がマップ上ではっきりと見える。これは陸域観測技術衛星2号「だいち2号」を使用した取り組みである。

   海洋環境の監視では、宇宙から降雨量を観測し、リアルタイムで世界の降水情報を提供している(世界の雨分布速報https://sharaku.eorc.jaxa.jp/GSMaP/index_j.htm)。衛星データと地上データを統合することで、下流地域の洪水が起きる可能性があるかを数日前から予測できるため、特にアジア地域の国際河川などの越境地域の水位の共有が難しい地域の水害予測に役に立ち、洪水の被害を最小限に抑えるができる。

   JAXAは大気汚染物質の監視の衛生を利用して行なっている。地上よりも宇宙から観測した方が、煙霧やPM2.5の流れをより詳細に観測することができるため、大気汚染が発生している地点を特定して、今後どのような汚染が広がるかを予測し、データを発信する。大気汚染による健康被害を未然に防止する取り組みである。

   このほかJAXAは、宇宙のいわゆる無重力状態(実際には微小重力環境)を利用し、高品質なタンパク質結晶を宇宙空間で生成、その構造を精密に観察することで、感染症・がん・生活習慣病に効く新しい医薬品の早期開発や創薬にかかる期間を劇的に早める研究や、海洋上で発生している赤潮や油の流出などの海上災害の観測をしている。

   さらには宇宙開発予算を取ることのできない開発途上国や衛星の開発技術がない新興国に対して、比較的コストが少ない超小型衛星の開発支援を行なったり、出来上がった超小型衛星を「国際宇宙ステーション・きぼう」の日本実験棟から宇宙空間へ放出することで、宇宙空間での利用や実証機会を提供し、それらの途上国における宇宙関連技術の向上と宇宙利用能力の構築に貢献しているのである。

   SDGsの関心が高まっている近年は、地球規模のさまざまな課題について国々が手を取り合って解決を目指すケースが増えてきた。地球上でも多くの国々が自分の国の枠を超えたパートナーシップを組み、情報共有や共同研究を行なっている。宇宙空間でもまたしかりである。JAXAがさまざまな形でSDGsに取り組んでいる実例を知り、その行動に対して多大に貢献している「国際宇宙ステーション・きぼう」をその目でご覧になられた時に、改めて地球は宇宙からの監視によっても守られていることを実感されるにちがいない。

  

  さて、明日は早起きをして南西の空を見上げるとしよう。

 

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

 

参考・出典

宇宙航空研究開発機構(JAXA)SDGsへの貢献

https://www.jaxa.jp/about/iso/sdgs/index_j.html

人工衛星・探査機一覧

https://www.jaxa.jp/projects/past_project/sat_j.html

「きぼう」を見よう

http://kibo.tksc.jaxa.jp/sp/

「あの時、本当に欲しかった非常食」ワンテーブル 【SDGs 命をまもる】

   昨日は、福島県の相馬市に出張に行ってきた。東⽇本⼤震災は、多くの人々の慣れ親しまれた郷⼟の光景を⼀変させただけでなく、⽇常⽣活を⼀瞬にして奪い去り、被災者をはじめとする市⺠の⼈⽣観・世界観を⼤きく変えてしまう出来事であったが、今回訪れた相馬市の市街地は、復興の取組によって震災の面影はなかった。しかし、少し離れた地域では今も立ち入り禁止となっており、あの日から9年半経った今でも長い長い再生への道のりは今も先が見えない。

   震災はその甚大な被害によって、計り知れない悲しみを数えきれない人々に残したが、一方でその中から希望と教訓を得ることもできた。その一つが「震災の時、本当に必要な非常食」である。

   3.11では、水道・電気・ガスなどのライフラインが完全に途絶えた中で、自治体が備蓄していた水や必要最低限の食糧である「乾パン」などの加工食品が非常食となった。しかし、水が少ない食事はのどが渇いたり、咀嚼(そしゃく)力の弱い高齢者や乳児に乾パンは食べづらく、水も「貴重品」として心理的に我慢することから、水分摂取を控えることによる健康被害(脱水症状、熱中症、便秘など)が増えてしまう。

   また救援物資が届き始めた後でも、「レトルトやインスタント食品」はガスがなければ役に立たない。ライフラインが復旧して暖かい食事がようやく食べられるようになると、今後は一度に大量に調理が可能な「焼きそばやうどん、おにぎり」などの炭水化物中心の食事となり、栄養が偏ったり、糖尿病の人たちは食べられなかったりする。さらには食べ残しのお皿や消費期限切れの食品からの悪臭や、虫の発生などの不衛生な状態となる。これらはすべて実際に震災で避難生活をした人たちの経験である。

   株式会社ワンテーブル(宮城県多賀城市八幡字一本柳117-8 代表取締役 島田 昌幸氏)は、実際に被災を経験し、本当に欲しかった非常食は何かを問い続け、それが「水なしで食べられる栄養価の高いもの」であることにたどり着き、世界で初めて「常温で長期保存可能な防災備蓄ゼリー」である「LIFE STOCK」を開発したスタートアップ企業だ。この「LIFE STOCK」は、電気・水・ガスがなくても食べることができるのが最大の特徴である。またライフライン復旧後でも炭水化物中心の食事の食べ過ぎや栄養バランスが偏ったりすることない。「あの時、本当に欲しかった非常食」が実現したのである。

   「LIFE STOCK」の開発には5年の月日を要したそうである。特に大変だったのは、腐りやすいゼリーを乾パン並みの5年間以上の賞味期限にするための「無菌充填技術」である。ワンテーブルはこの難題を、アルミなどの4層構造フィルムとレシピコントロール技術を組み合わせた「TOKINAX」と呼ばれる重点技術で開発により5年半という賞味期限を実現した。

   現在、ワンテーブルは、この防災備蓄ゼリー「LIFE STOCK」が学校などの災害備蓄食としての採用を目指している。そのために、学校向け教育資材トップシェアの内田洋行と資本業務提携を結んだ。内田洋行とノウハウを共有し、全国の学校施設などに災害備蓄食や、保育園や幼稚園向けの防災絵本教材を販売していく。つまり、お互いの強みを生かし、内田洋行の販路である全国の小中学校において、教室のロッカーに収まる専用ボックスに備蓄ゼリーや防災用品を詰めて販売し、学校の防災力向上につなげるのである。既に仙台市はワンテーブルと物資供給協定を結んで、災害時には優先的に備蓄ゼリーの供給を受ける体制を敷いている。

   また、ワンテーブルは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と非常食や宇宙食などの開発プロジェクトを進行中である。学校における防災事業を内田洋行、宇宙事業をJAXAと進める中で、3社間の防災ネットワークを活用し、JAXAがロケットに断熱のために使う塗料を学校の体育館の建築資材として展開する試みを内田洋行のネットワークを使って行なうなど、備蓄ゼリーの枠を超えた災害対策への取組へと発展している。

   「LIFE STOCK」は、「おいしさ」にも相当のこだわりを持っている。ゼリーの材料に地元の美味しい食材を使用したり、美味しいフレーバーのためにシェフとコラボしてメニューを開発するなど、さまざまな人達との協働をしていく。

    震災はまたいつ来るかわからない。万が一のときにこのような「本当に欲しい非常食」が全国の学校、私たちの町、各家庭に備えてあったら多くの人々の救いとなることは間違いない。

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)

参照・出典

ワンテーブル株式会社

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「ワンテーブル、内田洋行と資本業務提携 防災教材開発」 (2020/10/13 日本経済新聞)

PRTIMES (2019年9月2日)

3.11の極限状態を教訓に生まれた「5年保存備蓄食」 防災ゼリー『LIFE STOCK』先行発売

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000048249.html