さよならコール 【ESG 脱石炭火力】

   日本では、長い歴史の中で、薪(たきぎ)やそれを燃やした木炭が熱エネルギーとして利用されてきた主役だった。それが「燃える石」である石炭が発見されたことにより、400年ほど前の江戸時代初期に使われ始めた。江戸中期になると、九州筑豊炭田の石炭が瀬戸内海沿岸の町々に運ばれ、製塩のために本格的な使用が開始されている。

   世界に目を向けると、18世紀後半に、スコットランドの発明家であり機械技術者のジェームズ・ワット氏がニューコメン型蒸気機関へ施した改良を契機として、イギリスを中心に産業革命が起きた。その後3世紀に渡って石炭消費の増加は大気汚染や酸性雨などの「外部不経済」という名の副産物をもたらした。産業化に伴い公害は深刻化の一途をたどり、経済発展とともに地球規模の問題へと変わったのである。

   石炭の使用はCO2排出量が多く、これまでも各国は「低炭素化」を目指してクリーンエネルギーへの転換を進めていた。しかし、一段とハードルが上がったのは、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定(2016年発効)」である。長期目標として「2℃目標」が設定され、今世紀後半にCO2の排出量と吸収量をバランスさせることが定められたのである。これにより、今まさに低炭素化にとどまらない「脱炭素化」の動きが広がりつつある。

   気候変動対策に先進的に取り組むAppleは、2030年までにサプライチェーンの温室効果ガスの排出で100%カーボンニュートラル(CO2排出量と吸収量を合わせてゼロの状態)を達成すると約束した。このバリューチェーンにはApple自身の事業活動に加えて、製品に組み込まれる部品や部品の原材料、さらにユーザーが製品を使用する時の電力まで含まれるため、環境負荷の高い電力で生産した製品を買い控える動きを見せている。前人未踏のチャレンジの感はあるが、日本でもこうした「脱炭素」の動きが拡がっている。つい最近も旭化成が「脱石炭火力」にシフトすると名乗り出た。

   旭化成は「2030年までに、工場の電力を賄う自家発電用設備で、石炭火力の使用をゼロにする」と発表した(日本経済新聞2020年9月27日)。 全社での石炭火力の使用をゼロとするために、宮崎県に6カ所ある水力発電所に最新の設備を導入することで、2026年ごろまでに水力発電による発電能力を現在に比べ9%高める。投資額も莫大なものとなり、数百億円規模になる見通しだ。2022年には同県延岡市に、液化天然ガス(LNG)火力発電所も設ける予定である。

   事業用の電力を再生可能エネルギーに切り替える動きは旭化成に留まらない。化学原料メーカー大手のトクヤマは2020年6月に自社工場用の石炭火力の一部廃止を決めた。衛生用品大手のユニ・チャームでは2020年9月から九州の工場用の購入電力をすべて再生エネルギー由来にした。積水化学工業も2030年度までに、グループ全体で購入する電力の全量を再生エネルギーにする方針を出しているが、環境対応用に設けた投資枠は実に400億円と膨大なものである。

   こうした動きの背景は、「再生エネルギーを前提とした民間取引」の広がりである。Appleの例では、取引する部品会社などが使用電力をすべて再生エネに切り替えるよう要求しており、万が一この条件を満たせなければAppleとの取引はできないプレッシャーが重くのしかかる。また、投資家も、ESG(環境・社会・企業統治)を重要視しており、ESGに真摯に取り組む企業に優先的に資金を振り向ける傾向が強まっている。金融機関も脱炭素化の潮流に身を置く。三菱UFJフィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ、三井住友フィナンシャルグループの3大メガバンクは、新設の石炭火力へのファイナンスを原則停止する方針を昨年公開している。ESGへの世界的な関心が、いま民間企業を中心に脱石炭化を推し進めている。

   これらの動きを誰よりも歓迎しているのは経済産業省だろう。資源の乏しい日本においては、エネルギーを安定的に供給するために石炭火力を使用せざるを得ない状況の中、脱炭素社会をいかに実現していくか、という大きな課題に取り組んでいる現在、民間企業の脱石炭化は追い風だ。2018年度の日本の電源構成を見ると、液化天然ガス(LNG)火力(約38%)と石炭火力(約32%)の割合が高く、CO2排出量の多い火力電源と石炭火力電源が大震災以降の原発停止分を補填している形だ。東日本大震災によって原子力発電政策が大きく後退したために脱炭素化のハードルがとても高くなってしまったのである。

   日本としては、2030年のエネルギーミックス(太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー及び原子力エネルギーを増やすことによるカーボンニュートラルとエネルギー自給率の安定化)の達成に向けて、第5次エネルギー基本計画に明記している非効率な石炭火力のフェードアウトや再エネの主力電源化に取り組んでいく上で、より実効性のある新たな仕組みを導入することが国をあげて必要である。

   2030年まであと10年。日本がCoal(石炭)にさよならコール(Call)を送れるかは、政府、地方公共団体、民間企業、金融機関などが「One Team」となれるかにかかっている。果敢なチャレンジではあるが、少し楽観的に見るならば、ESGへの関心の高まりが、この動きを加速度的に後押ししていくことであろう。

引用:資源エネルギー庁 「2030年エネルギーミックス実現へ向けた対応について」

https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/025/pdf/025_008.pdf

 

パンチョス萩原 (Soiコラムライター)