発酵・腐敗・熟成 【SDGs 豊かな人生】

   「発酵食品」と聞いて、思い浮かぶものと言えば人それぞれだろう。チーズ、ヨーグルト、納豆、キムチ、パン、味噌、醤油、酒、みりん、ワイン、ビール、漬物、ピクルス、アンチョビ…、と枚挙に暇(いとま)がない。私たちの食事の中で発酵食品を食べていない日を探すほうが難しいほど毎日食べている。

   日本は世界の中でも有数の発酵食品国だ。発酵学者であり、醸造学の第一人者小池武夫博士によると、日本で最も古い発酵食品は、約4000年前の縄文時代の遺跡から見つかった魚醤(ぎょしょう、ナンプラー)だそうだ。同時代の各地遺跡からは、どんぐりのクッキーや醸造した酒も発見されている。

   奈良時代になると、漬物はポピュラーな食べ物となった。平安時代末期には、木灰(きばい、もっかい)を混ぜ麹菌(こうじきん)を生成するという、いわば微生物を工業生産する種麹(たねこうじ)屋が生まれている。日本の発酵文化は、古くから歴史と共に進化してきたのである。ちなみに、麹菌は醤油、味噌、みりん、酢、日本酒などの発酵食品に使われる重要な菌ということで、平成18年(2006年)に日本醸造学会が国菌に選定している。麹菌は、微生物界の日本代表だ。

   食物が「発酵」すると、栄養が体内に吸収されやすくなったり、発酵の過程でビタミンやアミノ酸といった栄養成分が生成されて栄養価がアップしたり、風味や旨みが増すなどの効果が得られるが、実は食物が微生物の力によって変化する過程は「腐敗」と全く同じである。私自身が驚いたことではあるが、「発酵」と「腐敗」の決定的な違いは存在しておらず、それが人間にとって「有益ならば発酵」「有害ならば腐敗」という視点で決められているらしい。さらに「発酵」とよく似たイメージの「熟成」においても、微生物を介さないものだけが「熟成」なのではなく、例えば「味噌」は、米などに麹菌をつけて発酵させる段階では発酵と呼ばれるが、その先は麹菌の出す酵素によって「熟成」が進むため、決して微生物が介在しないとは言えず、「発酵熟成食品」と呼ばれるそうだ。

   要するに、「発酵」「腐敗」「熟成」は、「人間にとって有益か有害か」という観点から人間が主観的な判断をしたものであって、日本人にとっては馴染みが深い「納豆」や「くさや」などの発酵食品も、外国の人々から見たら「腐った物」だと思われることもあるし、逆に日本人から見たら、「世界一臭い食べ物」と呼ばれるスウェーデンの「シュールストレミング(塩漬けにしたニシンの缶詰)」などは腐っているとしか思えなかったりする。私自身は、どうしても青カビチーズは単に腐っているようにしか見えなくて、むかし中学生の頃、学期末の掃除の時に何故か机の引き出しの中から出てきたカビだらけの食パンと全く同じ印象を持つ。しかし、ピザに入っている青カビチーズを大好きな人もたくさんいるのである。青カビにせよ、乳酸菌や麹菌にせよ、微生物たちの立場からしてみれば、彼らはただ食物の中で生きて活動しているだけなのである。

   食物が微生物の作用によって発酵や腐敗をするように、私たちも人生を歩む中で、さまざまなものが作用し、人生が発酵したり腐敗したりする。人生を豊かに変えるものとしての例を挙げれば、学習によって得られた知識や、訓練によって習得した技術、また、人から言われた勇気の出る言葉などがある。

   SDGsの17目標のような、いまここにある世界のさまざまな困難や課題に取り組むことも、人生を発酵してくれる作用そのものだ。紛争、災害、教育、LGBT、差別、貧困、平等、環境汚染、平和、公正など、実在するあらゆる課題を解決することで、誰一人取り残されない社会を実現しよう、と行動する人たちの人生は豊かだと思う。反対に、利己的に社会から搾取しよう、自分が大きな利益を得ようという知識や考えに基づいた人生は、不平等や争い、平和の破壊、環境の負荷増大につながることになりかねない。

   発酵食品が優れているのは、栄養吸収率やビタミンやアミノ酸などの栄養価がアップしたり、風味や旨みが増すことに留まらず、実はもっとすごいことがある。発酵によって腐敗菌の侵入をブロックするのである。なので野菜や牛乳などは、そのまま放置しておけば単純にすぐに腐ってしまうが、乳酸菌の作用で漬物になったり、ヨーグルトになると腐敗菌が繁殖しづらくなって、食品は長持ちするのだ。

   人生を豊かにしよう。そしてさらに成熟していこう。

 

参考文献

一般財団法人 食品分析開発センターSUNATEC

http://www.mac.or.jp/mail/100701/02.shtml

一般社団法人 日本発酵文化協会 

https://hakkou.or.jp/about/farmentation/

マルコメみそ 発酵美食 

https://www.marukome.co.jp/marukome_omiso/hakkoubishoku/20181025/10134/

 

 

パンチョス萩原(Soiコラムライター)